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    やしきたかじんから見た大竹まこと

    たかじんの東京嫌いを決定づけた事件が、1992年12月、たかじんが司会をしていたテレビ朝日の深夜番組『M10』の料理コーナーで起きた。たかじんが「こんにゃくサイコロ ステーキ」を調理中、隠し味に必要な味の素が見つからず、番組スタッフや助手を務めていた服部栄養専門学校の生徒に「味の素はどこや?!」と連呼したが、誰も答えなかったため、アシスタントディレクター(後に小宮悦子と結婚した人物)を殴り、スタジオのセットを破壊する出来事があった。その状況に慌てた共演のトミーズ雅が「味の素を入れたことにしましょう」と軌道修正を図るフォローをしたが、「出来ん、それ。味の素が無いのに出来ない!」と調理を放棄。たかじんは生放送中にも関わらず、スタジオを後にして帰った。スタジオに残されたゲストの中山秀征と大竹まことは、たかじん作成の進行表だけを頼りに残りの放送時間内で「味の素を入れない、こんにゃくステーキ」を完成。トミーズ雅、大竹、中山の3人で試食をして、波乱の生放送を締めくくった。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た辛坊治郎

    『たかじんのそこまで言って委員会』が熊本地区で20%超の高視聴率を獲得したことを記念して、辛坊治郎(読売テレビ解説委員)と共に2007年7月9日にくまもと県民テレビのローカルワイド番組『テレビタミン』に生出演し、2008年4月10日放送の『なまみつ』に桂ざこばとともに番組中に乱入して出演した。同年8月、タカアンドトシの冠番組『タカアンドトシのどぉーだ!』(北海道文化放送の番組で『胸いっぱい』とは重複時間も発生する番組)にもゲスト出演している。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た天童よしみ

    『紅白歌合戦』に関しては年末年始に番組内で特大パネルを用いての批評が定番と化していた(後に減少傾向に至っており、援護をするようなコメントに傾向していた)。実際、NHK側が「たかじんの出演が紅白のイメージに合わない」と、たかじんの紅白出場の可能性を完全否定したことから、たかじんは生涯1度も紅白に出場することはなかった。それでも、2009年の『第60回NHK紅白歌合戦』の出場を最後に「後進に枠を譲りたい」との理由で紅白勇退を表明した布施明が、たかじんの紅白出場を推奨したが、実現はしなかった。持ち歌が紅白の舞台で披露されたのはたかじんの死後で、死去した2014年の『第65回NHK紅白歌合戦』にて、たかじんと親交の深い天童よしみが追悼の意味を込めて、「やっぱ好きやねん」を熱唱した。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た和田アキ子

    上岡龍太郎などを除き、たかじん同様に「物事をはっきりという性格」のタレントとの交友が少なく、代表例として山城新伍や和田アキ子らが挙げられる。ただ和田に関しては、和田がローカル番組にはほとんど出演しないため、東京嫌いであるたかじんとの共演が難しかったという事情もある。なお、明石家さんまや島田紳助など、たかじん、山城、和田それぞれと交友を持つタレントは多く存在し、和田も山城と親交があった。たかじんは一度だけ番宣で『アッコにおまかせ!』に出演した事があり、東京でたかじんの知名度が低い事に愕然としていた。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た桂ざこば (2代目)

    『たかじんのそこまで言って委員会』が熊本地区で20%超の高視聴率を獲得したことを記念して、辛坊治郎(読売テレビ解説委員)と共に2007年7月9日にくまもと県民テレビのローカルワイド番組『テレビタミン』に生出演し、2008年4月10日放送の『なまみつ』に桂ざこばとともに番組中に乱入して出演した。同年8月、タカアンドトシの冠番組『タカアンドトシのどぉーだ!』(北海道文化放送の番組で『胸いっぱい』とは重複時間も発生する番組)にもゲスト出演している。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た日本テレビ放送網

    読売テレビ製作『たかじんnoばぁ〜』でも、編集(「ガオー」という効果音)無しでは放送できないような発言、暴言を繰り返したが、そのトークが評判を呼んでキー局の日本テレビでも放送されるようになる。たかじんがカラオケやギターの弾き語りで歌うこともあった。この「ガオー」がこの番組の名物となる。放送時間が深夜12 - 1時台を過ぎているにもかかわらず、最高視聴率が25%を超え(関西地区)、読売テレビ史上深夜番組の最高視聴率記録を更新する事となった。この番組中に泥酔のため、たかじんの東京嫌い(後述)や、司会におけるスタイルを批判したゲストの立川談志に灰皿を投げつけ「気に入らんかったら帰れ」とスタジオから追い出し、犬猿の仲に発展したが、トミーズ雅に「放送できない」と止められた。また、内田裕也と安岡力也がゲストに来た際、内田が番組のお約束でもあったコントにも参加せず、特に問題発言・行動もなく番組途中で帰ったのにまったく怒らず、その後何事も無かったかのように力也とトークを続ける懐の深さもみせた。ただし、たかじん公式サイトの企画によりハワイで再会するまでの一時期、内田が共演NGのブラックリスト入りをした。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た幻冬舎

    死後、たかじんが残した膨大なメモや3人目の妻の看護日記と証言などを元に、百田尚樹が取材し執筆したノンフィクション本『殉愛』が2014年11月7日に幻冬舎から発行された。この本の出版を受け、たかじんと最初の妻の間に産まれた41歳の長女は11月21日に名誉毀損・プライバシー侵害の廉で発行元の幻冬舎に対し、同書の出版差し止めと1100万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。長女は自身の生活に誤った認識を与える可能性がある、長女とたかじんの間に確執があったように書かれている、長女がたかじんに金銭を求め続ける一報でたかじんに冷たい態度を取り続けるなど非常識な人物であるかのように書かれている、一部の遺族(再婚した妻側)の主張を無批判に受け入れた内容である、事実に反する虚偽の記述で名誉と感情を傷つけられたとし、また百田は長女をはじめとする親族に取材などをしなかったとしている。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見た帝国ホテル

    1999年10月5日にフェスティバルホールで行われた50歳記念のバースディコンサート「YASHIKI TAKAJIN 50YEARS OLD ANNIVERSARY SPECIAL CONCERT」で一度休業している。2001年12月12日岡山国際ホテルで行われたディナーショーで歌手活動を再開。2002年8月31日にフェスティバルホールで行われた復活スペシャルコンサート「YASHIKI TAKAJIN SPECIAL CONCERT 2002」を行った際、歌い終わったあとに「やっぱ山口百恵のようにはいかんな、またマイク握っとる」と発言し、ファンは活動再開を喜んだ。なお、2002年12月30日に行われた帝国ホテル大阪のディナーショーを最後に、2003年以降一切のコンサート活動をしなかった。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見たRKB毎日放送

    地方局に範囲を広げれば、ネット受けしたことがある放送局を含め、出演したことのない放送局は多数存在する(出演経験のある地方放送局は、RKB毎日放送、熊本県民テレビ、北海道文化放送など)。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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    やしきたかじんから見たヤマハ

    1980年代、まだ留守番電話が普及していない頃に15万円位するヤマハのポーターサウンドを当時は大阪で売っていなかったためわざわざ神戸まで買いに行き、自作のメッセージを作っていた。自作メッセージには朝用・昼用・夜用とあり、夜用は映画『ジョーズ』のテーマ曲を使用していた。しかし、メッセージを変えるため朝・昼・夜と自宅に帰らなければならず、「こんなもんやってられへん!」とやめてしまった。やしきたかじん フレッシュアイペディアより)

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