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アサガオから見た遺伝子組み換え
現在は、江戸時代に作られたとされる「黄色の朝顔」と「黒色の朝顔」の再現が度々試みられているが、完璧な再現に至っていない。このため「黄色の朝顔」は「黒色の朝顔」と並び、「幻の朝顔」と呼ばれる(ただし、昭和40年代に再現が試みられ成功し、NHKのニュース番組でも報道されたが、その後は絶えた模様である。ただし、黒や黄色に近い品種は存在する。黒色に最も近いといわれるものとして「黒王」という品種があり、黄色を求める試行の後に出来上がった品種の代表として最も有名なものに「右近」がある。2014年、サントリーグローバルイノベーションセンター、基礎生物学研究所、鹿児島大学の合同チームが、キンギョソウから黄色色素オーロンの遺伝子を導入することで初めて黄色い朝顔を開花させることに成功した。(アサガオ フレッシュアイペディアより)
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アサガオから見た品種改良
江戸時代の2度の朝顔ブームを機に品種改良が大きく進んで観賞用植物となり、木版の図譜類も多数出版された。この時代には八重咲きや花弁が細かく切れたり、反り返ったりして本来の花型から様々に変化したものが生まれ、世間の注目を浴びた。これを現在では「変化朝顔(へんげあさがお)」と呼び、江戸、上方を問わず非常な流行を見た。特に珍しく美しいものは、オモトや菊などと同様、非常な高値で取り引きされた。「大輪朝顔」も「正木」と呼ばれる結実する変化朝顔の一種である。江戸時代の変化朝顔ブームは、文化・文政期(1804年-1830年)、嘉永・安政期(1848年-1860年)にあり、幕末には約1200系統が作られた。ブームの発端は、文化3年(1806年)の江戸の大火で下谷に広大な空き地ができ、そこに下谷・御徒町村付近の植木職人がいろいろな珍しい朝顔を咲かせたことによる。その後、趣味としてだけでなく、下級武士の御徒が内職のひとつとして組屋敷の庭を利用して朝顔栽培をするようにもなった。(アサガオ フレッシュアイペディアより)