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アサファ・パウエルから見た無冠の帝王
世界記録保持者だった当時、世界選手権、オリンピックでのタイトルがなかったため、無冠の最速男と呼ばれていた。グランプリでは他を寄せ付けず圧勝することが多いが、大舞台(オリンピック、世界選手権)では硬くなり、いつも自分の実力を発揮できない。それは、9秒8を切る記録を複数回マークしていたにもかかわらず、2008年までの世界大会の決勝での最高記録が9秒94に過ぎないことからも明らかである(北京オリンピックでは、100m決勝と同じ日に行われた準決勝で、後半流しても9秒91で走っていたが、決勝では9秒95で5位に沈んだ。決勝でも9秒91で走っていれば3位と同タイムだった)。(アサファ・パウエル フレッシュアイペディアより)
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アサファ・パウエルから見たシドニーオリンピック
5人の兄すべてが陸上短距離選手。父のウィリアムス・パウエルは100mで10秒2、母のシスリン・パウエルは11秒4、5人の兄も全員10秒5以内の記録を持つというスプリンター一家である。兄のドノバン・パウエルは1999年世界選手権・男子100m準決勝進出、シドニーオリンピック男子400mリレージャマイカ代表。また、2007年世界選手権100m銀メダリストデリック・アトキンス(バハマ)の母は彼のいとこにあたる。(アサファ・パウエル フレッシュアイペディアより)
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