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    イチローから見たデレク・ジーター

    この年、1930年のビル・テリー(ジャイアンツ)以来となるシーズン242安打(当時歴代9位)を放ち、メジャーリーグの新人最多安打記録を更新(この年の両リーグ最多安打でもある)するとともに、メジャー史上初となるアメリカンリーグの新人王・MVP・首位打者・盗塁王・シルバースラッガー賞・ゴールドグラブ賞の同時受賞を達成(現在でも唯一)。首位打者と盗塁王を同時に獲得したのは1949年のジャッキー・ロビンソン以来52年ぶり通算6人目、新人でアメリカンリーグの打撃部門を制したのは1964年ミネソタ・ツインズのトニー・オリバ以来。安打試合数の135試合はロジャース・ホーンスビー、チャック・クライン、ウェイド・ボッグス、デレク・ジーターら4人と並ぶメジャータイ記録で、192単打と692打数はアメリカンリーグ新人記録、打率.350はアメリカンリーグ1年目選手の歴代最高打率。新人王とMVPに同時に選出されたのはイチローのほかには1975年のフレッド・リンのみであり、新人王と打撃タイトルの同時受賞はトニー・オリバ(首位打者)、ジャッキー・ロビンソン、ビンス・コールマン(盗塁王)、ウォルト・ドロポ(打点王)、マーク・マグワイア(本塁打王)以来6人目である。その他にもリーグ2位の127得点を残し、得点圏打率(.445)、2死得点圏打率(.460)、2死得点圏出塁率(.558)、走者ありでの打率(.420)は両リーグを通じて1位を記録した。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見た張本勲

    シーズン序盤から好調を維持。91試合目には打率.396を記録した。最終的に打率.358、181安打でシーズンを終え、張本勲の4年連続を抜いて日本プロ野球史上初となる5年連続首位打者獲得を達成。5年連続・通算5回目となる最多安打も記録した(連続回数、通算回数ともにパ・リーグ記録。5年連続は長嶋茂雄の6年連続に次いで歴代2位、通算5回は長嶋茂雄の10回、川上哲治の6回に次いで歴代3位)他、リーグ最多敬遠も4年連続となった。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見た松井秀喜

    愛工大名電高校時代から地元では有名な選手で、愛知を代表する名門野球部において1年時からいきなりレギュラーを獲得(ポジションは三塁手で打順は主に1 - 3番) 。2年時に夏の甲子園(左翼手として出場)、3年時に春の甲子園(投手として出場)と2度甲子園に出場したものの、いずれも初戦敗退に終わっている。高校時代の監督は中村豪。松井秀喜とはこの頃から練習試合を通じて面識があった。高校3年生の地方大会での打率が7割以上を記録していた程の打者だった。3年間の高校通算成績は536打数269安打、打率.501 本塁打19本 二塁打74本 三塁打28本 盗塁131である。高校時代は投手だったが、交通事故(自転車での通学中に車と接触している)による怪我が原因で投手から野手転向を余儀なくされる。投手としても有力な選手として当時から名前が挙がっていた。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見たアレックス・ロドリゲス

    4月2日のオークランド・アスレチックスとの開幕戦に、1番・右翼でスタメン出場。第4打席にセンター前へメジャー初安打を放ち、第5打席にはバント安打を記録して2安打1得点の活躍でチームの勝利に貢献した。4月11日は敵地オークランドで三塁を狙ったテレンス・ロングを完璧な送球で刺して大きな話題を呼んでいる(後述)。その後も順調にヒットを積み重ね、4月から5月にかけて2か月連続でこの年から制定された月間新人MVPを受賞。オールスターゲームではファン投票で337万票を獲得。日本からの68万票を差し引いても両リーグ通じて1位となる得票数で初選出された。オールスターでは先発のランディ・ジョンソンと対戦。内野安打を放ち、盗塁も記録した。7月はキャリアを通じて自己ワーストとなる21打席連続無安打を喫し失速するが、翌月から復調。8月28日には132試合目での200安打に到達。9月8日には1996年にアレックス・ロドリゲスが記録した球団最多安打記録の215安打を更新。再び8月と9月の2か月連続で月間新人MVPを受賞する活躍で、シーズン116勝(メジャータイ記録)でのチームの地区優勝に大きく貢献した。マリナーズのこの活躍は、コミッショナー特別表彰を受けることになる。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見た野茂英雄

    1993年4月10日の開幕戦は9番・中堅手としてスタメンに起用され、翌日の試合では1番打者を務める。その後は控えにまわり、6月12日の対大阪近鉄バファローズ戦(長岡市悠久山野球場)で再び1番・中堅手としてスタメン出場を果たす。同試合では野茂英雄からプロ初本塁打を放った。以降も6月23日まではスタメン起用されるが、程なくして打法に関する監督の意向で2軍行きを命じられる。2軍生活を余儀なくされたイチローは、同年の秋に2軍打撃コーチの河村健一郎と二人三脚で、日本時代のイチローの代名詞ともなる「振り子打法」を作り上げた。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見たアルバート・プホルス

    1軍に定着した日本時代の1994年シーズンからメジャー移籍後の2010年シーズンまで、17年連続で打率3割以上を記録し続け、その間に首位打者を9度獲得。さらにメジャーでの通算打率も現役選手中2位(1位はアルバート・プホルス)の高打率を記録しているが、本人は「打率は変動するが、安打は積み重ねることができる」との理由から、打率よりも安打数を重視している。2002年に行われたインタビューでも、「シーズンを終えて『199安打で4割』と『ジョージ・シスラーのメジャー記録を上回る258安打で3割9分9厘』、イチローはどちらを望むのか」という質問に対して「僕が210本のヒットを打った94年に、よく訊かれたことがあるんです。それは、『199本で4割ピッタリだったとして、次の打席はどうするか』ということだったのですが、いつも決まってこう答えていました。『決まり切ったこと、訊かないでください』と。もちろんそれは今も変わりません」と答えている。また、日米合わせて12回記録している最多安打は、すべて両リーグ最多安打である(メジャーでの最多安打を逃した2002年・2003年・2005年シーズンはすべてリーグ2位。不振に苦しんだ2011年に初めて9位に終わった)。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見た野村克也

    開幕から前半戦まで1番打者として出場。オールスターゲーム第1戦では広島東洋カープの紀藤真琴から初回先頭打者初球本塁打(オールスター史上3人目、パ・リーグ選手では史上初)を放った。第2戦では投手として登板。セ・リーグの野村克也総監督が松井秀喜の代打で送った高津臣吾を遊ゴロに打ち取っている。後半戦からは打順を変更され、3番に固定。前半戦までは打率が1度も.330を超えない状態が続いていたが、3番になってからは調子を上げて固め打ちが目立つようになり、8月にはプロ野球記録となる月間48安打(月間打率は.475)を記録した。最終的に3年連続となる首位打者を獲得し、また193安打で3年連続となる最多安打・最高出塁率を記録、去年に引き続き最多敬遠も記録した。猛打賞を26回(達成当時、日本プロ野球記録。現在日本プロ野球歴代2位)、1試合4安打を8回記録(達成当時、日本プロ野球新記録。現在はパ・リーグ記録)。9月23日の対日本ハムファイターズ戦(グリーンスタジアム神戸)で、延長10回裏にオリックスのリーグ連覇を決めるサヨナラ二塁打を放ち、前年のリーグ優勝時に果たせなかった「神戸での胴上げ」を実現させた。日本シリーズでは、第1戦の延長10回に河野博文から決勝本塁打を放つなどの活躍を見せ、1977年以来19年ぶりの日本一に輝いた。イチローは優秀選手賞を受賞したほか、3年連続となるシーズンMVPを手にした。3年連続シーズンMVPは日本プロ野球タイ記録で、山田久志に次いで史上2人目の快挙。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見たニューヨーク・ヤンキース

    イチロー(本名:鈴木 一朗〈すずき いちろう〉、1973年10月22日 - )は、ニューヨーク・ヤンキースに所属する愛知県西春日井郡豊山町出身のプロ野球選手(外野手)。他表現では「Ichiro」「Ichiro Suzuki」「イチロー・スズキ」など。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見たタイ・カッブ

    5月にメジャー通算200盗塁、その翌日には日米通算400盗塁を達成した。6月にはキャリア1808試合目で日米通算2500安打を達成。近代野球では最速となるアル・シモンズの1786試合、タイ・カッブの1792試合にはわずかに及ばなかった。オールスターファン投票では3位でオールスターに選出。会見では6年以上連続選出がアレックス・ロドリゲスとマニー・ラミレスだけであったことについて、「残りのひとりになりたいと思う。それは大いにある目標です」と語った。7月26日には戦後最多となるウェイド・ボッグスの連続6シーズン通算1274安打を更新。8月16日にロジャース・ホーンスビーが持つ連続6シーズン最多安打1296本を超え、8月29日にはメジャー通算400マルチヒットを928試合目で達成。これは6年目ではメジャー最速。9月には19世紀以降最多となるウィリー・キーラーの連続6シーズン通算1313安打を抜いた。9月7日に日米通算800マルチヒットも達成。9日にはジョージ・シスラーが持つ6シーズン最多安打1317安打を超え、一週間後となった16日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャー史上3人目となる6年連続200安打を達成した。この試合において三盗を成功させたことで33連続盗塁成功となり、アメリカンリーグ新記録も達成。満33歳になるこのシーズンに自己3番目の記録となる45盗塁を残し、盗塁成功率.957を記録した。イチロー フレッシュアイペディアより)

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    イチローから見たジョージ・シスラー

    スプリングトレーニングでメジャー4年間で最高となる打率.421を残して開幕を迎える。前年と同じく4月は打率.255と低調なスタートとなったが、5月には調子を上げ、日米通算2000安打を達成すると共に自身2度目の月間50安打を記録。21日に日米通算2000安打を達成。6月にやや調子を落とすと、オールスターのファン投票中間発表では松井秀喜が3位、自身は4位だったが、最終発表で逆転し4年連続のオールスター先発出場を果たした。7月は29日に1試合5安打を記録するなど再び調子を上げて51安打を放ち、ジョー・メドウィック以来68年ぶりとなるシーズン2度の月間50安打を達成。8月3日には首位打者に浮上した。26日にはメジャー史上初となるデビューから4年連続200安打記録を本塁打で自己最速にて達成。31日に球団記録であるアレックス・ロドリゲスの月間54安打を更新すると、68年ぶりにロイ・ウェザリーの月間56安打のタイ記録に並んだ(タイ・カッブの月間67安打には届かなかった)。正式な記録ではないが、7月18日から8月17日の間にヒットを67本打っている(この間の打率は.508)。通算4度の月間50安打はピート・ローズに並び(メジャー記録はジョージ・シスラーの10度)、他にもシーズン月間50安打の記録を3度とし、68年ぶりに記録を更新。9月30日にはビル・テリーの連続4シーズン通算918安打も更新。10月1日、本拠地セーフコ・フィールドで迎えたテキサス・レンジャーズ戦では、84年間破られることのなかったジョージ・シスラーのメジャー歴代シーズン最多安打記録の257安打を更新した。イチロー フレッシュアイペディアより)

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