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    ウオッカから見たシーイズトウショウ

    祖母エナジートウショウの産駒(本馬の叔父)にスリーアベニュー(2007年ガーネットステークス優勝)。三代母コーニストウショウの産駒にシスタートウショウ(1991年桜花賞優勝・エナジートウショウの全妹)、孫にシーイズトウショウ(2003年CBC賞ほか重賞5勝)。四代母ローズトウショウの孫にマチカネフクキタル(1997年菊花賞優勝)。日本競馬史における大牝系の祖であるシラオキを六代母にもつ。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見たスウヰイスー

    続いて、6月7日の安田記念に出走し前走に引き続き1番人気に支持された。好スタートから道中は中団を進むも、直線で前方を他馬に塞がれ、スーパーホーネットとサイトウィナーに接触しながらも、残り100メートル付近でようやく進路が開く厳しいレースとなったが、そこからディープスカイを差し切って優勝した。レース後、2着に敗れたディープスカイ鞍上の四位は「向こうは残り100mくらいしか仕掛けていない。まともだったら5、6馬身は離されていたかもしれない」と語った。安田記念の1番人気での優勝は1998年のタイキシャトル以来11年ぶりであった。このレースの勝利によってウオッカは牝馬として初めて獲得賞金が10億円に到達するとともに、牝馬では最多となるGI級競走6勝目となった。また、1993年のヤマニンゼファー以来3頭目、そして牝馬としては1952年及び1953年に連覇したスウヰイスー以来の安田記念連覇という記録も達成した。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見たヴェルメイユ賞

    同年秋の凱旋門賞への出走を目指し、ステップレースとしてヴェルメイユ賞から凱旋門賞というローテーションが考えられていた。しかし、8月7日に右後肢の蹄球炎を発症し、馬主サイドとの協議の結果、凱旋門賞出走を断念した。なお蹄球炎は4日間馬房内で治療に専念して回復したものの、この4日間の療養で調教ができなかったことで万全の状態でレースに挑めなくなったことが出走断念の理由となった。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見たテイエムオペラオー

    11月29日の第29回ジャパンカップに出走、このレースでは厩舎側が「ウオッカに掛かるイメージを持っていない騎手」を理由に、鞍上をクリストフ・ルメールに交代させた。近走の不振に加えて距離延長や年齢的な衰えの不安要素を抱えていたが、ここでも応援馬券的な意味合いもあってか3.6倍ながら1番人気に支持された。レースは武豊のリーチザクラウンが引っ張る形で進み、ウオッカは4、5番手の好位を追走。最終直線に入り早め先頭で押し切ろうとするも、後方からオウケンブルースリが追い込み2頭並ぶ形でゴールに入線。写真判定の結果、2cmの差でウオッカが1着となり、GI7勝目を挙げた。ウオッカはシンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクトに並ぶJRA・GI7勝目という記録を達成した。また、牝馬のJRA・GI7勝および日本生産、調教の牝馬としての同レース勝利は史上初となった(牝馬の優勝としては1989年のホーリックス以来20年振り4頭目)。また、この勝利で東京競馬場芝コースで行われる古馬GI全てを制したことになり、これはJRA史上初である。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見た第12回秋華賞

    その後8月26日には坂路入りを再開して調教が行われ、秋はトライアル競走を使わず直接第12回秋華賞に向かうことになった。レースでは後方に位置し3コーナーで外から進出していくものの、最後はダイワスカーレットだけでなくレインダンスも交わすことができず3着に敗れた。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見たドバイシーマクラシック

    1月に最終目標とするドバイワールドカップの他、2年続けて出走したドバイデューティーフリーおよびドバイシーマクラシックへの予備登録を行い、ステップレースとして3月4日のマクトゥームチャレンジラウンド3に引き続きルメールを騎手で出走したが、好位からレースを進めたものの伸びを欠いて8着に終わった。そのレースで2度目の鼻出血を発症したことが判明したため、調教師の角居勝彦とオーナーの谷水雄三が会談を行い、招待を受諾していたドバイワールドカップへの出走を取り止め、現役引退を決定。2010年3月18日、JRAよりウオッカの競走馬登録の抹消が発表された。ウオッカはドバイよりそのままアイルランド・キルディア近郊・ギルタウンのアガ・カーンスタッド・ギルタウンへ向かい繁殖生活に入った。なお、数年間はアイルランドにとどまり、その産駒を外国産馬として日本で走らせる予定となっている。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見たタニノギムレット

    父・タニノギムレットの馬名の由来であるギムレットはジンがベースのカクテルであるが、父よりも強くあってほしいとジンよりもアルコール度数が高い(強い)酒であるウォッカから「ウオッカ」と名付け、同様にストレート(に命名すること)の方がアルコール度数が高い(強い)という意味で「タニノ」の冠名を付けなかった。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見た第27回ジャパンカップ

    次走には第32回エリザベス女王杯が選ばれた。ダイワスカーレットとの決着が期待されたが、レース当日の朝、右関節跛行の故障が発生したためレースへの出走を取り消した。実は早朝に谷水の下に電話がかかっておりこの時点で谷水はウオッカに何かがあったと察知したという。しかし症状は軽症だったため、第27回ジャパンカップに出走。迎えたレースでは2番人気に支持され、道中最後尾の位置から最後の直線で猛追するも最後失速し4着だった。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見たマッチレース

    2007年の緒戦にはエルフィンステークスが選択された。他馬より2キロ重い56kgの斤量を背負っての出走となったがレースでは直線に入ると馬なりで先頭に立ち、2着のニシノマナムスメに3馬身差の着差をつけて勝利した。続くチューリップ賞ではダイワスカーレットがウオッカとマッチレースを望むかのようにウオッカをひきつけたが、これをクビ差交わし優勝した。なお3着との着差は6馬身であり、2頭の力が突出していることを示す結果となった。桜花賞では前走の結果から瞬発力勝負では分が悪いと踏んだダイワスカーレットが早めに抜け出すという作戦をとり、これを捉えることができず2着に敗れた。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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    ウオッカから見た第52回有馬記念

    第52回有馬記念ファン投票では、1位となる10万544票を獲得した。これは3歳牝馬(旧4歳牝馬を含む)としては初のファン投票1位であった。レースでは折り合いに苦労し、第3コーナーで早めに仕掛けたが早々と失速。11着と大敗、デビュー以来初の2桁着順となってしまう。また、同レースで同じ3歳牝馬のダイワスカーレットは2着に粘り、同馬との直接対決では3戦連続で先着を許し、牝馬による64年ぶりの東京優駿制覇をしながらJRA賞最優秀3歳牝馬の座をダイワスカーレットに奪われてしまった。しかし、牝馬による64年ぶりの東京優駿制覇を選考理由としてJRA賞特別賞、関西競馬記者クラブ賞の特別賞を受賞した。ウオッカ フレッシュアイペディアより)

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