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  • 今中慎二

    今中慎二から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    プロ1年目のは近藤真一や上原晃の例に倣い、キャンプからオープン戦の期間は二軍でランニングなど体力の強化や守備練習に明け暮れた。新宅洋志や稲葉光雄の指導を受けてフォーム修正や体力向上に取り組み、早くも5月26日にはナゴヤ球場での対巨人戦で一軍初登板を果たした。9月17日の広島での対広島戦では先発して北別府学と投げ合い、2回にマメを潰しながらもアロンアルフアで固めて5回を投げプロ初勝利を挙げた。オフの秋季キャンプにはロサンゼルス・ドジャースから臨時コーチが来ており、当時MLBで流行していたスプリット・フィンガード・ファストボール系のフォークボールを習得した。今中慎二 フレッシュアイペディアより)

  • 新井良太

    新井良太から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    プロ初年度のは新人ながら二軍のウエスタン・リーグでほぼ毎試合4番で出場した。しかし、打率.254・3本塁打と、パワーはあるものの粗い打撃と拙守のためシーズン前半は二軍生活を送った。7月17日にプロ初の一軍昇格。同日の対横浜ベイスターズ戦で代打として待機していたものの、降雨コールドとなり初打席はお預けとなってしまった。しかしその後一軍再昇格し、9月10日の対広島戦7回表、二度目の代打機会でプロ初安打を記録。この試合には兄の貴浩も広島の三塁手として出場しており、7月16日の山田勉(広島)・山田洋(中日)以来8年ぶりに、別球団同士の兄弟選手が同時に顔を合わせたケースとなった。このとき、敵地である広島市民球場のスコアボードには「中日ドラゴンズ25新井良太選手 広島市民球場 初登場!」と表示する演出が行なわれた。その後4度の代打機会にて全てヒットを放ち、右の代打として存在をアピール。10月12日の対阪神戦では6番・一塁手でプロ初スタメン出場を果たした。10月16日の対広島最終戦(広島市民球場)ではヒットを打って一塁に出塁した兄・貴浩と一塁守備に就く弟・良太が初めて並んだ。それまでは良太は代打ばかりで守備に就くことがあまりなく、レギュラーのタイロン・ウッズが足を痛めていたこともあっての出場であった。逆に三塁・貴浩と三塁走者・良太の並びは2006年中には実現しなかった。新井良太 フレッシュアイペディアより)

  • 小久保裕紀

    小久保裕紀から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    には二塁手のレギュラーに定着すると全試合出場を達成、28本塁打を放ってパシフィック・リーグ本塁打王に輝いたほか、リーグ1位の9三塁打と長打率.548を記録した。1995年のオールスターゲームにもファン投票トップで初選出され、第2戦目に古溝克之から広島市民球場の右翼へ本塁打を含む3安打を放った。シーズンの打順に関しては、4月は1試合を除く全試合で8番を打っていた。初めて4番を任されたのは、5月26日の対近鉄バファローズ戦である。小久保裕紀 フレッシュアイペディアより)

  • 白石勝巳

    白石勝巳から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    選手・監督・フロントとして計15年カープに在籍。石本の仕事が早くから金策が主となったため、実質カープ創立時から監督のような立場でチームの指揮を執り、更に金策のサポートから選手補強などにも関わり、ゼネラルマネージャーのような働きをした。広島財界のトップだった東洋工業(1968年より筆頭株主)社長の松田恒次(後のオーナー松田耕平の父)とはカープ創立期から懇意にしており、補強費の調達にとどまらないチーム作りを行った(広島市民球場建設、日南キャンプ、独立採算制など)。そうした自分を「俺は本当に空気みたいな存在だな」(見えなくとも無くてはならない存在)という名言で表現している。当時の口癖は「勝率5割」であった。白石勝巳 フレッシュアイペディアより)

  • 江川卓 (野球)

    江川卓 (野球)から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    は、ナゴヤ球場で行われたオールスターゲーム第3戦で捕手・中尾孝義(中日)とバッテリーを組み、8者連続奪三振を記録。このとき5人目の打者として対戦した落合博満(ロッテ)は、「球は現役投手で一番速い。なぜこれほどの投手が打たれるのかわからない」と述懐している。しかし、9人目に迎えた打者・大石大二郎(近鉄)への3球目にカーブを投げてバットに当てられてしまい、二塁ゴロとなり、1971年第1戦の江夏豊(阪神)に並ぶ9者連続奪三振はならなかった。同年9月16日の対広島戦(広島市民球場)では、先発して延長11回まで0点に抑えたが、12回裏1死無走者、打者・長嶋清幸の場面で158球目を打たれ、これが生涯初の被サヨナラ本塁打となり、自責点1の完投負けを喫した。しかしながら、同年のシーズンも通算2度目のリーグ最高勝率(.750)と通算4度目のリーグ最多完封を記録した。江川卓 (野球) フレッシュアイペディアより)

  • リッチー・シェインブラム

    リッチー・シェインブラムから見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    シェーンがカープ在籍中、広島市民球場での試合の際にライトスタンドの観客から「何かネタを披露してくれ」とねだられたことがあり、帽子の中に鳥を入れておき帽子を取ると鳥が飛んでいくというネタを披露した。リッチー・シェインブラム フレッシュアイペディアより)

  • 稲葉篤紀

    稲葉篤紀から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    入団後、外野手としての練習を始める。1年目から1軍で出場し、同年6月21日の広島東洋カープ戦(広島市民球場)にて一塁手としてプロ初出場、初打席初本塁打を打ったほか、9月9日の読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)ではテリー・ブロスのノーヒットノーラン達成を好捕で助けている。最終的に67試合の出場にとどまったが、8本塁打を放ち、規定打席不足ながら打率.307を記録した。稲葉篤紀 フレッシュアイペディアより)

  • 雄平

    雄平から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    、4月22日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で一軍公式戦初登板。6月11日の同カードで一軍初勝利。6月28日の対広島東洋カープ(広島市民球場)戦では、5回4失点10奪三振で勝利投手になった。この年、セントラル・リーグ最多の12暴投を記録した。雄平 フレッシュアイペディアより)

  • ルイス・ロペス (1964年生の内野手)

    ルイス・ロペス (1964年生の内野手)から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    4月6日の対中日ドラゴンズ2回戦(広島市民球場)の8回裏、二塁に前田智徳を置いた場面で、ロペスは中前打を放った。しかし前田は三塁で止まり、加点できなかった。ロペスはこれに憤慨。適時打で本塁生還後、ダッグアウト裏で前田に「どうして本塁に走らなかったんだ」などと激しく詰め寄り、つかみかかる騒ぎを起こした。ロペスの年俸には打撃成績に応じた出来高が支払われる契約が含まれていたことが背景にあったとも言われている。一方の前田はアキレス腱などの故障歴があるなど足に不安を抱えているため、無理な走塁はできない状態であった(しかもこの日は小雨が降っていてグラウンド状態が悪く、前田は普段以上に足を気遣いながらのプレーを余儀なくされていた)。4月7日、球団フロントと山本浩二監督による事情聴取に応じたロペスは「打点が欲しかったからやったわけじゃないんだ」と釈明した。しかし、事態を重く見た球団はロペスの出場選手登録を抹消、10日間の謹慎を科した上で二軍の練習参加も禁じる厳罰を下した。前田とは、話し合いの機会を持って和解している。また、この件について前田は「言い訳したくない」とあまり口にしない。ルイス・ロペス (1964年生の内野手) フレッシュアイペディアより)

  • 野球場

    野球場から見た広島市民球場 (初代)広島市民球場 (初代)

    日本では、外野は天然芝(ごく稀に人工芝)、内野は土という球場が圧倒的に多く、かつてはプロ野球球団の本拠地球場もこの形式が多かった。現在でも阪神甲子園球場はこの形式であるが、旧広島市民球場の閉場により、NPBはおろかMLBを含めても唯一のものとなった。野球場 フレッシュアイペディアより)

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