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    サブローから見た北海道日本ハムファイターズ

    100本塁打:2010年7月20日、対北海道日本ハムファイターズ14回戦(札幌ドーム)、5回表に木田優夫から中越ソロ ※史上261人目サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見たトレード

    開幕当初は主に7番を打っていたが、金泰均の故障により4月末から4番を打っていた。守備面では当初は右翼手を務めていたが、清田育宏・伊志嶺翔大らがスタメン出場するようになったことで、以降は左翼手に回っている。5月4日、西武戦で死球を受けて右手薬指を打撲。自身は軽傷をアピールするが直後に登録を抹消され、そのまま一軍復帰はなく6月29日に工藤隆人プラス金銭との交換トレードで巨人へ移籍。トレードの理由は経費削減のためにチームの若返りを図ることだったが、フロントとの対立も原因の一つであった。同年は、4月18日から和牛メンチカツをパティにした「サブローバーガー」がQVCマリンフィールドで売り出されたが、巨人移籍により販売終了となっている。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た阪神甲子園球場

    1500試合出場:2012年5月31日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)、4番・左翼手として先発出場 ※史上176人目サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た大阪近鉄バファローズ

    初盗塁:1995年7月6日、対近鉄バファローズ14回戦(千葉マリンスタジアム)、5回裏に二盗(投手:小池秀郎、捕手:古久保健二)サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た右翼手

    5月18日、対福岡ダイエーホークス戦にて、2回裏に松本輝からプロ入り初本塁打となる左越3ランを放った。同年はこの本塁打含む5本塁打を記録するなど打撃面で成長を見せ、後半戦は右翼手のレギュラーを獲得した。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た東京ドーム

    6月30日に支配下選手登録され、巨人への入団会見を行った。背番号は交換相手の工藤が付けていた「0」で、原則としてファーストネームやニックネームなどでの選手名登録を認めないというチームの事情から、登録名は本名の「大村三郎」となった。ただし「サブロー」の愛称が定着していることから、同姓の選手は球団内に所属していないが、場内アナウンスではフルネームで呼称されていた。翌7月1日に一軍合流、即出場選手登録され、同日の対中日戦(東京ドーム)の8回裏に代打で出場、吉見一起から左翼席にソロ本塁打を放った。7月2日に東京ドームで移籍後初のスタメンで6番で試合に出場した。その後は、対戦チームの先発投手に左投手が見込まれる際の先発出場があった以外は代打としての出場が主で調子が上がらず、一時期は2軍落ちになるなど、48試合の出場に終わった。クライマックスシリーズファーストステージ第1戦では代打で出場し本塁打を放ったが、チームはファーストステージで敗れ、シーズンを終えた。日本シリーズ終了後、出場機会を求めてフリーエージェント権を行使した。巨人在籍はわずか154日だった。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た千葉マリンスタジアム

    開幕こそ出遅れるも5月から4番右翼手に定着。リーグ7位の得点圏打率.310、チーム2位かつ自己最高の68打点を挙げた。2008年の北京五輪出場を目指す野球日本代表の最終候補に選出され、台湾で開催された北京五輪予選を兼ねたアジア選手権に出場。打順は8番・9番ながら、韓国戦で同点タイムリーを放ち、台湾戦では同点のスクイズを決めるなど主軸級の活躍を見せる。また全3試合において普段はあまり守らない左翼を堅実に守り、日本の北京五輪出場権獲得に貢献した。6月6日対読売ジャイアンツ戦(千葉マリン)で連続打数安打記録を9とし、球団記録である堀幸一の8を塗り替えた(R.J.レイノルズと高橋由伸の11に次ぐ史上第3位)。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た左翼手

    6月に一軍初昇格すると、左翼手を務めていたピート・インカビリアの不振もあってスタメンの機会も与えられ、高卒1年目ながら28試合に出場、3盗塁を記録した。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た中堅手

    岡山市立岡輝中学校(岡山リトルシニア)を卒業後、PL学園高校へ進学。1994年の第66回選抜高等学校野球大会に出場し、1番センターとしてベスト4進出に貢献する。この時のセンバツでは金沢高校の中野真博投手が完全試合を達成しているが、その次の試合の先頭打者としてセンター前に安打を放って2試合連続完全試合をいきなり阻止した打者としても知られる。子供のころは、阪神タイガースのファンであったことを、ブログで述べている。少年野球では、「黒い霧事件」でプロ球界を永久追放された森安敏明の指導を受けている。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た福岡ドーム

    初出場・初先発出場:1995年6月25日、対福岡ダイエーホークス13回戦(福岡ドーム)、8番・左翼手として先発出場サブロー フレッシュアイペディアより)

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