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    サブローから見た小池秀郎

    初盗塁:1995年7月6日、対近鉄バファローズ14回戦(千葉マリンスタジアム)、5回裏に二盗(投手:小池秀郎、捕手:古久保健二)サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見たアルフレド・デスパイネ

    8年間続けてきた開幕スタメンを逃すも、開幕戦で9回に代打で出場し、安打を放つ。しかし、その後は振るわず、10打席以上連続無安打が続くも、4月4日、対日本ハム戦でシーズン初タイムリーを含むマルチ安打を放ってからは、徐々に調子を上げてゆく。5月は打撃絶好調で、2005年から10年連続となる4番も務め、月間MVP候補に挙がる程の活躍を見せた。(.324 2本塁打 11打点OPS.867)。一時は打率が.330を超えるも、交流戦に入ってからは徐々に調子を落とし、終盤には途中加入のアルフレド・デスパイネの活躍と、自身の失速が重なり、出番が激減。最終的には打率.248、4本塁打、25打点と前年とほぼ同様の成績に終わった。一方で、得点圏打率は.284と昨年から大幅に上昇した。また2年ぶりに右翼の守備にもついた。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た酒井忠晴

    大塚明の成長とデリック・メイ の獲得によって外野手層が若干厚くなったため、キャンプから内野手にコンバートされる。3月24日西武ドームでの開幕戦を「9番二塁手」で先発出場を果たす。しかし、自身の不振と同じ二塁の酒井忠晴の好調が重なって、5月下旬からは再び外野で出場するようになった。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見たR・J・レイノルズ (野球)

    開幕こそ出遅れるも5月から4番右翼手に定着。リーグ7位の得点圏打率.310、チーム2位かつ自己最高の68打点を挙げた。6月6日対読売ジャイアンツ戦(千葉マリン)で連続打数安打記録を9とし、球団記録である堀幸一の8を塗り替えた(R・J・レイノルズと高橋由伸の11に次ぐ史上第3位)。クライマックスシリーズでは第1ステージのMVPを獲得。シーズンオフには2008年の北京五輪出場を目指す野球日本代表の最終候補に選出され、台湾で開催された北京五輪予選を兼ねたアジア選手権に出場。打順は8番・9番ながら、韓国戦で同点タイムリーを放ち、台湾戦では同点のスクイズを決めるなど主軸級の活躍を見せる。また全3試合において当時はあまり守らなかった左翼を堅実に守り、日本の北京五輪出場権獲得に貢献した。なお、この大会は本名の「大村三郎」で出場していた。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た長野久義

    8月31日、球団オフィシャルサイトにて2016年限りでの現役引退が発表された。年齢に加え、本年は一度も一軍に昇格出来なかったことで退き際を悟ったという。現役引退に際し、「今季限りでの現役を引退することを決めました。千葉ロッテマリーンズで2005年に31年ぶりの日本一など、日本一を2度経験することも出来ました。幸せな野球人生でした。それはすべて、どんな時も応援してくれたファンの皆様、そして関係者を始め、色々な形でサポートしてくれた方々のおかげだと思っています。感謝をしています。22年間、本当にありがとうございました。」とコメントした。9月25日の対オリックス戦(QVCマリン)で引退試合を行い、「4番指名打者」として先発出場した。9回表にはDHを解除し、左翼手および右翼手の守備に就いた。打撃では、最後の打席となった第4打席で二塁打を記録し、自ら引退の花道を飾った。引退の挨拶では、「私にはもう1つの夢があります。この千葉ロッテマリーンズを日本一の球団にすることです。その夢に向かって、勇往邁進してまいります。」と述べている。なお、ロッテ球団としては初のパブリックビューイングも実施された。また、引退セレモニー、および(引退に際しての)現役生活を振り返る記事等を通して、西岡剛、鈴木大地、西野勇士等から、一人の野球人として的確なアドバイスを送ったことに対する感謝の言葉が寄せられたほか、引退試合では巨人時代のチームメイト(阿部慎之助、坂本勇人、長野久義、内海哲也、山口鉄也、2014 - 2015年にロッテに在籍したルイス・クルーズ)が応援に駆け付ける等、その人望の厚さが伺える引き際となった。12月2日、自由契約公示された。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見たピート・インカビリア

    プロ1年目は6月に一軍初昇格すると、左翼手を務めていたピート・インカビリアの不振もあってスタメンの機会も与えられ、高卒1年目ながらシーズンを通して28試合に出場した。は当時のロッテ外野陣の層の厚さもあって一軍で出場する機会は限られ、僅か9試合の出場に留まった。からは背番号2を与えられ、プロ入り最多となる33試合に出場したものの、打率.179と低調に終わった。は僅か2試合の出場に留まり、プロ入り初のシーズン無安打に終わった。は一軍に定着して初めて100試合以上に出場し、プロ入り後最高の成績を残した。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た堀幸一

    開幕こそ出遅れるも5月から4番右翼手に定着。リーグ7位の得点圏打率.310、チーム2位かつ自己最高の68打点を挙げた。6月6日対読売ジャイアンツ戦(千葉マリン)で連続打数安打記録を9とし、球団記録である堀幸一の8を塗り替えた(R・J・レイノルズと高橋由伸の11に次ぐ史上第3位)。クライマックスシリーズでは第1ステージのMVPを獲得。シーズンオフには2008年の北京五輪出場を目指す野球日本代表の最終候補に選出され、台湾で開催された北京五輪予選を兼ねたアジア選手権に出場。打順は8番・9番ながら、韓国戦で同点タイムリーを放ち、台湾戦では同点のスクイズを決めるなど主軸級の活躍を見せる。また全3試合において当時はあまり守らなかった左翼を堅実に守り、日本の北京五輪出場権獲得に貢献した。なお、この大会は本名の「大村三郎」で出場していた。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見たデリック・メイ (野球)

    大塚明の成長とデリック・メイ の獲得によって外野手層が若干厚くなったため、キャンプから内野手にコンバートされる。3月24日西武ドームでの開幕戦を「9番二塁手」で先発出場を果たす。しかし、自身の不振と同じ二塁の酒井忠晴の好調が重なって、5月下旬からは再び外野で出場するようになった。サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た古久保健二

    初盗塁:1995年7月6日、対近鉄バファローズ14回戦(千葉マリンスタジアム)、5回裏に二盗(投手:小池秀郎、捕手:古久保健二サブロー フレッシュアイペディアより)

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    サブローから見た谷保恵美

    QVCマリンフィールドではウグイス嬢の谷保恵美が語尾を伸ばした「サブロー」とアナウンスをして打席に入るが、これが一部のファンからとても人気がありQVCマリンフィールド(現・ZOZOマリン)の風物詩となっている。また2012年には、誰が一番「サブロー」のアナウンスが上手いか競い、一番上手い人が同日のスタメン発表を行う「ウグイス嬢に挑戦!!サブローグランプリ」が開催された。サブローの現役最終打席では、史上最高となる約8秒のサブローコールを見せた。サブロー フレッシュアイペディアより)

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