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  • 吉村裕基

    吉村裕基から見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    ''は、開幕一軍入りを果たすと、4月19日の対広島東洋カープ戦から2日連続の本塁打、7試合連続安打など好調を維持し8番右翼手としてスタメンに定着。5月3日ナゴヤドームでの対中日戦で佐藤充からソロ本塁打、5月4日も同カードのルイス・マルティネスからソロ本塁打、5月5日横浜スタジアムでの対阪神戦ではエースの井川慶からスリーランホームランと3日連続の本塁打を放った。さらに同日5打席目に久保田智之からヒットを打ち初の猛打賞も記録した。5月7日から5月24日まで13試合連続安打と好調を維持。5月18日の対千葉ロッテマリーンズ戦では久保康友?里崎智也バッテリーからプロ初盗塁を記録。6月2日横浜スタジアムでの対日本ハム戦では橋本義隆からツーランホームラン、清水章夫からスリーランホームランで5打点と初の1試合2本塁打を記録。しかし6月3日対日本ハム戦の7回第4打席に武田久?鶴岡慎也バッテリーから右手に死球を受ける。6月4日横浜市内の病院での検査の結果、右手第2指末節骨骨折と診断され、同日出場選手登録も抹消された。ここまで41試合出場135打数で打率.341、9本塁打、27打点の好成績で新人王争いもしていた中の離脱となり、昨春の二軍戦での左手骨折時のバッテリーとも同じだったこともあり、6月5日の同カードの試合前に日本ハムの高田繁ゼネラルマネージャーとトレイ・ヒルマン監督が謝罪した。6月30日の東京ヤクルト戦で代打として一軍復帰すると、7月2日の同カードで8回牛田成樹の代打でディッキー・ゴンザレスのスライダーをすくい上げバックスクリーン直撃の10号ソロを放ち、これがプロ入り初の代打本塁打となった。7月4日の対阪神戦で6番一塁手としてスタメン復帰すると8月上旬まで一塁での起用が続いた。7月26日にひたちなか市民球場で行われた対東京ヤクルト戦では6回に先発の藤井秀悟からプロ入り初の満塁本塁打を放った。8月4日からは4番村田修一に続く5番打者を任され、守備では8月12日からは左翼手、8月29日以降は中堅手として起用された。規定打席未満ながら打率.311、26本塁打と活躍したが新人王は惜しくも梵英心に譲り、得票数は2位だった。吉村裕基 フレッシュアイペディアより)

  • ゴンサレス

    ゴンサレスから見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    ディッキー・ゴンザレス - プエルトリコのプロ野球選手ゴンサレス フレッシュアイペディアより)

  • 2009年の日本シリーズ

    2009年の日本シリーズから見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    優秀選手賞:ディッキー・ゴンザレス(巨人)2009年の日本シリーズ フレッシュアイペディアより)

  • 堂上直倫

    堂上直倫から見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    初打点:2010年6月19日、対読売ジャイアンツ8回戦(東京ドーム)、1回表にディッキー・ゴンザレスから右前適時打堂上直倫 フレッシュアイペディアより)

  • 小谷正勝

    小谷正勝から見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    2009年、ディッキー・ゴンザレスにチェンジアップを習得させ、来日以来最高のピッチングをするきっかけを作っており、同年7月2日に来日初先発・初勝利を記録したウィルフィン・オビスポも小谷の指導の下、投球技術と制球力を向上させた。オビスポも初勝利の際、「感謝したい人は?」との問いに真っ先に小谷の名を挙げている。小谷正勝 フレッシュアイペディアより)

  • 伊藤隼太

    伊藤隼太から見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    初安打:2012年7月17日、対読売ジャイアンツ14回戦(阪神甲子園球場)、5回裏にディッキー・ゴンザレスから右前安打伊藤隼太 フレッシュアイペディアより)

  • 塩崎真

    塩崎真から見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    も主に守備固め中心での起用だったが、主力が相次いで故障して戦線離脱した事に伴いスタメン出場機会が増加した。6月11日の対読売ジャイアンツ戦では2回裏にディッキー・ゴンザレスの開幕7連勝とチームの8連敗を阻止する決勝2ラン本塁打を放ち、3年ぶりにヒーローインタビューを受けた。その後は山崎浩司の台頭もあって徐々に出場機会が減少し、8月14日に二軍に降格した後は一軍に再昇格することなくシーズンを終えた。塩崎真 フレッシュアイペディアより)

  • オーランド・ロマン

    オーランド・ロマンから見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    同じプエルトリコ出身のディッキー・ゴンザレスとは幼馴染であり、幼少期は実家が近所であった。オーランド・ロマン フレッシュアイペディアより)

  • 東京ヤクルトスワローズ

    東京ヤクルトスワローズから見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    五十嵐、石井弘寿の「」が手術の影響でシーズンを棒に振ったのを皮切りに、ディッキー・ゴンザレス、アダム・リグス、高津臣吾などの主力級が次々と離脱、まったく戦力が整わなかった。最終的に青木宣親が首位打者、アレックス・ラミレスが打点王、セス・グライシンガーが最多勝投手になるが、シーズンはナゴヤドームでの開幕3連戦3連敗から1度も立ち直れず、143試合目で1986年以来21年ぶりの最下位を確定させてしまう。8月から、東京のUHF、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)で2007年度初のテレビ中継が開始。以前から年間数試合は中継があったが、近年は1試合も中継が無い年もあった。9月、古田の現役引退・退団が発表された。なお、伊東昭光も辞意を表明したため、チーム最年長コーチの八重樫幸雄がヘッドコーチ代理を兼任していた。後任監督は高田繁、1軍投手コーチに荒木大輔がヤクルトに復帰した。一方、選手では、打点王のラミレスとこの年16勝を挙げたグライシンガーが巨人へ、石井一久がFAで西武へ移籍、石井の人的補償として福地寿樹を獲得した。年明けには藤井秀悟を交換要員とする3対3のトレードを日本ハムと行い、押本健彦、川島慶三らを獲得した。東京ヤクルトスワローズ フレッシュアイペディアより)

  • アレックス・ラミレス

    アレックス・ラミレスから見たディッキー・ゴンザレスディッキー・ゴンザレス

    NPB/MLB通算2000本安打:2012年7月5日、対読売ジャイアンツ8回戦(横浜スタジアム)、5回裏にディッキー・ゴンザレスから右中間二塁打アレックス・ラミレス フレッシュアイペディアより)

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