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ウオッカから見たディープスカイ
11月2日、天皇賞(秋)に出走。ライバル・ダイワスカーレットは単騎で逃げ、ウオッカはディープスカイをマークする形でレースを進め、直線に入り残り300メートルからディープスカイとともにダイワスカーレットに並びかける。ゴール前は2頭並んでの叩き合いとなり、一時は先頭に立つも再びダイワスカーレットが差し返し2頭並んでゴールイン。15分に及ぶ写真判定の末、2cmという僅差で勝利した。また、勝ちタイムは1分57秒2とレコード決着となった(レース詳細は第138回天皇賞を参照)。東京優駿を制した牝馬が天皇賞を制したのはヒサトモ(第6回東京優駿、第3回帝室御賞典)以来である。また、牝馬による牡馬混合GI3勝目となりこれも過去最多勝利数となった(その後、5勝にまで記録を伸ばす)。(ウオッカ フレッシュアイペディアより)
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2008年の日本競馬から見たディープスカイ
6月1日 - 第75回東京優駿競走(日本ダービー)でディープスカイ號(牡3、昆貢厩舎)が1着となったが、騎乗した四位洋文は2007年のウオッカ號に続く2年連続優勝。東京優駿連覇騎手は武豊に次いで史上二人目の栄誉であると同時に、四位は牡・牝の両方で東京優駿を制覇した史上初の騎手ともなった。(2008年の日本競馬 フレッシュアイペディアより)
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ブラックシェルから見たディープスカイ
その皐月賞では、マイネルチャールズと同枠の5枠に入った。レースでは好スタートを決めると内側にいたマイネルチャールズに後手を踏ませることには成功するも、直後にサブジェクトに前を塞がれ、結局後位でレースを進める。そのまま淡々とレースが進み最後の直線に入るもさほど伸びずに6着に敗れた。獲得賞金の問題から日本ダービーへの出走が微妙となったため、賞金を積み上げるために、新たに鞍上に後藤浩輝を迎えて、NHKマイルカップに出走。このレースは父クロフネが制しており、親子制覇の期待がかかっていたが、レースは逃げたゴスホークケンが大きく外を回って内側が大きく空いたため、そこをついて先頭に立とうとするも、同じように内を突いてきたディープスカイに交わされ2着に敗れた。(ブラックシェル フレッシュアイペディアより)
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アドマイヤコマンドから見たディープスカイ
体質の弱さなどからデビューが遅れ、3月16日に阪神競馬場で行われた3歳新馬戦がデビュー戦となり、レースでは2着馬に7馬身差をつけて圧勝して初勝利を挙げた。2戦目は中1週で格上挑戦となる毎日杯に出走することになった。デビュー2戦目での重賞初挑戦ながら1番人気に支持されたが、レースではディープスカイに敗れて2着だったものの収得賞金を加算しオープン馬となった。次は皐月賞にレース2週間前に行う予備出走登録していたが、レース出走を回避し、東京優駿トライアルの青葉賞へ出走し、2番人気でレースを制してデビュー3戦目で重賞初勝利を挙げ、東京優駿への優先出走権を獲得した。そして迎えた大一番の東京優駿では4番人気に支持されたが、レースでは最後の直線で伸び切れず7着という結果に終わり、レース後はリフレッシュ放牧に出された。(アドマイヤコマンド フレッシュアイペディアより)