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  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見た青木功

    青木功が「理詰めでは対処しきれない、何が起こるかわからない競技」と評する全英オープン初挑戦は、ベン・ホーガンが「攻めれば地獄、守れば奈落」と評した英国の最難関リンクスコースのカーヌスティ(7065ヤード、パー72)で開催された1975年の第104回大会であり、エドワーズはパスポート不所持により渡航できなかったため、キャディには地元のアルフィー・ファイルズ(50歳)を従えて、初出場で初優勝の快挙を成し遂げた(PGAツアー3勝目)。ファイルズはゲーリー・プレーヤーが1968年にカーヌスティでの全英オープンで優勝したときのキャディだが、本大会でプレーヤーは南アフリカの人種差別問題により黒色人種でラビットという名のキャディを採用、また、ファイルズはキャディの仕事に理解が得られなかった妻と大会1ヶ月前に離婚したという事情も重なり、ファイルズは大会に勝てる選手を探し、攻撃的なプレイをするワトソンに白羽の矢を立て、ワトソンに「全英オープンで組もう」と手紙を書いて起用された。ワトソンは、大会4日目に72ホール目のパーセーブも困難な18番ホール(パー4)で15フィートのバーディパットを成功させて、ジャック・ニュートンと9アンダーで首位に並び、翌7月13日の18ホールのストロークプレイのプレイオフに持ち込んだ。ニュートンはワトソンと同い年の25歳のオーストラリア人選手であり、トム・ワイスコフ(1973年は豪打と驚異的バーディ奪取率で全英オープンを含む年間7勝を挙げて「恐怖のトム」と畏れられた。全英オープンはトゥルーン開催であり、アルバート・ファイルスをキャディに従え、キャリア唯一のメジャー勝利)にパッティングのグリップをコーチされて好調を維持して、3日目にはアウト33イン32の65でコースレコードを更新していた。プレイオフは5回スコアがイーブンになる接戦で、最終スコアは71対72の1打差であった。勝敗を分けたのは最終18番ホールで、ワトソンはピンから約12mに2オンして2パットのパー、ニュートンは第2打をバンカーに入れ、第3打のバンカーショットは約3mオーバー、第4打のパーパットは3cm外れてボギーでの決着。試合後、ワトソンは「今日のように風雨が強いスコットランド的条件では、ファイルズはとても頼りになった」とコメントした。1975年のワトソンはメジャー4大会すべてでトップ10入りした。翌1976年のロイヤルバークデールでの全英オープンでは、ブルース・エドワーズが初めて全英オープンのキャディを務めたが、54ホール終了時点に1打差で予選落ちしたため、全英オープンにはファイルズを起用するようになった。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たスチュワート・シンク

    2009年のターンベリーでの第138回全英オープンでは初日から好調で、最終日71ホール終了時点で単独首位に立ったが、72ホール目でパーセーブできなかったためスチュワート・シンクとのプレイオフとなり、惜敗の2位(後述)。59歳のトムが優勝すれば大会史上最年長優勝の記録を142年ぶりにぬりかえるだけでなく、メジャー最年長優勝やツアー最年長優勝の記録も更新することから、観客も大きな声援を送った。トムもそれにこたえるように終始堂々とプレーし、周囲に大きな感動を与えた。また現地コース際でリポートしていた青木功が大会終了後、往年の盟友・戦友であるトムが優勝できなかったことを大いに残念に思い涙した映像がメディアで放送された。試合後、トムは「まだ私は戦えることを信じることができた1週間だった。地獄のようなストーリーだったが、素晴らしい失望でもある。来年のセント・アンドルーズでも戦えそうだ」とコメント。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たフィル・ミケルソン

    ワトソンが還暦で迎えた2010年シーズンは、苦手としていた長距離コースのオーガスタでの第74回マスターズを4日間通算-1で廻って18位タイ(タイガー・ウッズがスキャンダルを経てPGAツアーに復帰した大会で、優勝はフィル・ミケルソン)、リンクスコースのペブルビーチ(パー71)での第110回全米オープンでは通算+11(78-71-70-76)で29位タイ(優勝はグレーム・マクドウェルであり、最終日に74で廻って、4日間通算イーブンパーでPGAツアーおよびメジャー初優勝)と善戦し、満を持してセント・アンドルーズ(パー72)での第139回全英オープンに臨んだが、予選は73-75の通算+4、86位タイ、2打差で予選通過ならず、セント・アンドルーズは鬼門となった。これに対し、青木功は「59歳と60歳は1歳しか違わないが、この差は大きい。これは経験した人でなければわからない」とコメントしたが、ワトソンは「これが私にとって最後の全英オープンではない」と2011年以降も全英オープンに参戦する意思を表明した。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たゲーリー・プレーヤー

    青木功が「理詰めでは対処しきれない、何が起こるかわからない競技」と評する全英オープン初挑戦は、ベン・ホーガンが「攻めれば地獄、守れば奈落」と評した英国の最難関リンクスコースのカーヌスティ(7065ヤード、パー72)で開催された1975年の第104回大会であり、エドワーズはパスポート不所持により渡航できなかったため、キャディには地元のアルフィー・ファイルズ(50歳)を従えて、初出場で初優勝の快挙を成し遂げた(PGAツアー3勝目)。ファイルズはゲーリー・プレーヤーが1968年にカーヌスティでの全英オープンで優勝したときのキャディだが、本大会でプレーヤーは南アフリカの人種差別問題により黒色人種でラビットという名のキャディを採用、また、ファイルズはキャディの仕事に理解が得られなかった妻と大会1ヶ月前に離婚したという事情も重なり、ファイルズは大会に勝てる選手を探し、攻撃的なプレイをするワトソンに白羽の矢を立て、ワトソンに「全英オープンで組もう」と手紙を書いて起用された。ワトソンは、大会4日目に72ホール目のパーセーブも困難な18番ホール(パー4)で15フィートのバーディパットを成功させて、ジャック・ニュートンと9アンダーで首位に並び、翌7月13日の18ホールのストロークプレイのプレイオフに持ち込んだ。ニュートンはワトソンと同い年の25歳のオーストラリア人選手であり、トム・ワイスコフ(1973年は豪打と驚異的バーディ奪取率で全英オープンを含む年間7勝を挙げて「恐怖のトム」と畏れられた。全英オープンはトゥルーン開催であり、アルバート・ファイルスをキャディに従え、キャリア唯一のメジャー勝利)にパッティングのグリップをコーチされて好調を維持して、3日目にはアウト33イン32の65でコースレコードを更新していた。プレイオフは5回スコアがイーブンになる接戦で、最終スコアは71対72の1打差であった。勝敗を分けたのは最終18番ホールで、ワトソンはピンから約12mに2オンして2パットのパー、ニュートンは第2打をバンカーに入れ、第3打のバンカーショットは約3mオーバー、第4打のパーパットは3cm外れてボギーでの決着。試合後、ワトソンは「今日のように風雨が強いスコットランド的条件では、ファイルズはとても頼りになった」とコメントした。1975年のワトソンはメジャー4大会すべてでトップ10入りした。翌1976年のロイヤルバークデールでの全英オープンでは、ブルース・エドワーズが初めて全英オープンのキャディを務めたが、54ホール終了時点に1打差で予選落ちしたため、全英オープンにはファイルズを起用するようになった。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たタイガー・ウッズ

    1983年ロイヤルバークデールでの第112回全英オープンは、予選ラウンド終了後の深夜、囚人解放運動グループによる6番ホールのグリーンの破壊工作という競技妨害を目的とした全英オープン初の不祥事があった大会だが、翌第3ラウンド終了時点でワトソンが8アンダーで単独首位に浮上すると、最終日はアウトでスコアを2つ落として首位を譲ったが、インの11、13、16番ホールでの3バーディで再び首位に立ち、2位に1打差の通算9アンダーで大会2連覇を達成した(PGAツアー33勝目)。その後、全英オープンを連覇した選手は、23年後の2006年のロイヤルリバプール(7258ヤード、パー72)開催の第135回大会で、実父を亡くして間もないタイガー・ウッズがティーショットに2番アイアンを多用して、フェアウェイキープ率86%、4日間通算18アンダーで2位に2打差をつけて連覇するまで現れなかった(本大会前のウッズはドライバーが不調であり、バンカーを回避するにはバンカー越えを狙って飛距離を出すよりも、刻んで距離を残した方がアイアンショットで制御しやすいなどの理由から、この試合でウッズがドライバーを用いたのは初日の16番ホールのみ。ウッズはハンク・ヘイニーをコーチに迎え2005年・2006年に全英2連覇。英国で2番目に最古のリンクスコースであるロイヤルリバプールでの全英オープン開催は39年ぶり11回目)。メジャー通算8勝を挙げて“新帝王ワトソン”と呼ばれたが、1983年の全英オープンを最後にメジャーの優勝から遠ざかる。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見た倉本昌弘

    1982年の第82回全米オープンは、ワトソンが大学時代に度々プレイしていたペブルビーチ(パー72)で開催され、キャディにブルース・エドワーズを伴い参戦した。ペブルビーチは、ニクラスとワトソンが「人生最後のゴルフをするのなら、ペブルビーチを選ぶ」と答えたリンクスコースである。153人(含アマチュア14人)が臨んだ予選では、ワトソンは72-72のパーで、首位から4打差の9位タイにニクラスやトム・カイトらと並んだ。本選には7オーバーまでの66人(含アマチュア2人)が臨んだ。ワトソンは予選終了後の練習でスイングの極意を会得して3日目に臨み、この日68で廻って通算4アンダーでビル・ロジャースと首位タイに並び、ワトソンは「今回は自分でも自信に満ちているのがわかる。明日は勝つために最善の努力をする」とコメント。最終日は、次男ジャッキーをキャディに従え、3番ホールから5連続バーディを奪い、7番ホール終了時点で首位に立った42歳ニクラスとの一騎討ちとなった。ワトソンは16番ホールでティーショットをミスしてクロスバンカーのあごの下に打ち込み、第2打は横に出すのが精一杯でボギーとして、ホールアウトしたニクラスと4アンダーで首位に並んだ状態で、カーメル湾に突き出ている難関中の難関の17番ホール(長いパー3、209ヤード、2段グリーン)に臨んだ。2番アイアンでのティーショットはドローボールで攻めたが、海風に流され、ボールはグリーン左のバンカーとバンカーの間のくるぶしまで隠れる深いラフに捕まり、ピンまでの距離は約5m。ボールのライはラフにほぼ埋もれた状態で傾斜に静止という条件で、この日ピンはグリーン左でエッジからカップまでの距離が約3mと短く、しかもグリーン上は下りのスライスラインでカップに寄せるのは至難の業、この時点でニクラスが優位となった。しかし、ワトソンは「寄せるなんて考えていない。カップに入れるぞ」とエドワーズに宣言して、素振りを2回した後、極端なオープンスタンスでサンドウェッジを一閃すると、ボールはふわりと上がり、成功確率1000回に1回とニクラスが評したチップインバーディとなった。続いて難関の18番ホール(パー5)でもスプーン-7番アイアン-9番アイアンを使って3オンすると、難しい下りのスライスラインを1パットで決めてバーディをとり、2位ニクラスに2打差の6アンダーで全米オープン初優勝を果たした(メジャー6勝目、PGAツアー31勝目)。試合後、ワトソンは「ニクラスのホームグラウンドみたいなペブルビーチで、ニクラスに勝てて夢のようだ。最終日17番ホールのアプローチショットは一生で一番重要なショットだった。あれは何時間も練習したショットだ」とコメントした。ニクラスは「私は全米オープンでやるべきことは全てやった。四日間のゲームは素晴らしかった。勝てなかったのは、たった一人だけおかしな奴がいたからだ。しかし、トムと最後まで優勝争いができたことを誇りに思うし、彼の勝利をともに喜びたい」とコメント。続くロイヤルトゥルーンでの第111回全英オープンでは、60人(含アマチュア1人)が臨んだ好天の最終日に首位と3打差の5位スタートで倉本昌弘と廻り、1イーグル(11番ホール、3番アイアンでの第2打がピンそば約1m)、1バーディ(4番ホール)、1ボギー(15番ホール)以外はパーをセーブする我慢のゴルフで上位陣が崩れるのを待って、2位に1打差の4アンダーで制覇して、メジャー大会2連勝を4度目の全英タイトルで飾った(PGAツアー32勝目)。倉本はアーノルド・パーマーと3ラウンド、ワトソンと1ラウンド同組で廻って4位タイとなったが、現在まで全英オープンでの日本人最高順位である(2015年7月時点)。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見た片山晋呉

    そして真昼の決闘から32年後、59歳で迎えた2009年7月16日?19日の第138回全英オープンもこの地で開催された(7204ヤード)。大会の9ヵ月前(2008年10月)にワトソンは左股関節の人工関節置換手術を受け、芝の抜けがよくなるようヘッドをグラインダで削ったIdea Proという名のアイアン(プロトタイプはA2 Tour)とターンベリーのクラブハウスで直前に購入したシューズで臨み、初日からショット・パットが冴えた。4日間のティーショットのフェアウェイキープ率は69.6%で4位、ドライバーショットの平均飛距離は295ヤードでレギュラーツアーの選手に劣らず、さらに神がかり的なロングパットやパーセーブを連発した。好天の初日はミゲル・アンヘル・ヒメネスがアウト31イン33の6アンダーで首位、ワトソンはアウト33イン32、5バーディ・13パーで廻って、首位と1打差の2位タイに久保谷健一、ベン・カーティスと並んだ。2日目は強風や雨がプレイヤーたちを悩ませ、ワトソンも前半は4連続を含む5ボギー(2、4-7番ホール)、2バーディで苦しんだが、後半は16番ホールで約20m、18番ホールで約18mのバーディパットを決めるなどして3バーディ、この日は5バーディ・8パー・5ボギーのパープレイでしのぎ、5アンダーで首位タイ。もう一人の首位は、片山晋呉の出場辞退による繰り上げで全英オープン初出場、リンクス初挑戦、PGAツアー3年目の29歳スティーブ・マリーノであり、2日目に17番ホール(パー5、559ヤード)で6mのイーグルパットを決めるなど2日間60台(67-68)で廻る活躍で、「リンクスを知らない方がいい場合もある」とマリーノは予選終了後にコメントしたが、本選では76-75と苦戦し、38位タイに終わった。本選には4オーバーまでの73人が進出した。第3ラウンドのワトソンは、7番ホールで2オン2パットでバーディ、14番ホールで6mのパットを沈めてパーセーブ、16番ホールで約12mのバーディパットを決めた後、17番ホールではハイブリッドクラブで2オンして、あわやイーグルかというバーディ、18番ホールはパーで上がるなどして、この日3バーディ・11パー・4ボギーの71で廻り、54ホール終えて通算4アンダーで単独首位となり、「バーディ・ボギーの数は計画通りに進行している、明日はその計画を完成できるかもしれない」とコメント。最も風の強かった第4ラウンドは、3日目に69のスコアを出して2位に浮上したマシュー・ゴギンと最終組で廻った。ワトソンは1番ホールで第2打を左に曲げポットバンカーに打ち込んでボギースタート、3番ホールも1.5mのパーパットを決められずボギー、7番ホール(パー5)は2オン2パットでバーディ、9番ホールはボギー、11番ホールでは8mのバーディパットが成功、14番ホールはボギー、71ホール目(17番ホール)のバーディで1打リードして迎えた72ホール目までメジャー史上最年長優勝という計画実現は目前であった。優勝を決めるパーパット(18番ホールの4打目)はショートして右手前に20cmほどそれて、痛恨のボギー。50度目のメジャー挑戦・12度目の全英挑戦、23歳年下のスチュワート・シンクが最終日ワトソンから3打差の6位で発進し、最終ホールで4.5mのバーディパットを決めるなど終盤は上位陣でただ一人好調を維持して69で廻り、2アンダー(4日間で278打)でワトソンと並んだ。ワトソンとシンクは、4つのホール(5-6-17-18番ホール)を使用するプレイオフを行った。シンクはプレイオフではドライバーを使用せず、プレイオフスタートの5番ホール(パー4)で第2打をバンカーに入れたが、約3mのパーパットを沈めて発進して、パー-パー-バーディ-バーディでフィニッシュ。一方の59歳ワトソンは72ホールにわたり大西洋の海風を伴う難コースと戦って「疲労で脚が動かなくなった(ワトソン談)」状態で、気温も下がった夕陽の決闘ではミスショットを連発し、ボギー-パー-ダブルボギー-ボギーで6打差での決着。プレイオフの勝敗を分けたのは17番ホールであり、シンクは2オン2パットでバーディであったのに対し、ワトソンのドライバーショットはフェアウェイ左のラフに捕まり、1打では脱出できず、4オン3パットのダブルボギーで勝負あり。しかし、76ホールを戦い抜き、トム・ワトソン健在をアピールするとともに世界中のゴルフファンに勇気と感動を与えた。プレイオフ直後にワトソンは「この試合で自分がいつどのクラブで打ったかなんて、2度と思い出さないぞ」と笑ったが、ワトソン自身による分析では、72ホール目の18番ホールにおいて、グリーン奥のラフからグリーンまでは打ち上げの第3打をウェッジではなくパターで打ってカップを2m以上オーバーしたり、第4打のパーパットがショートしたのは敗因ではなく、フェアウェイからピンまで180ヤードの2打目をフォローの風の中'アドレナリン'が出た状態で8番アイアンで打ってグリーン奥のラフにこぼれたショットが問題であり、2打目を9番アイアンで打つべきだったと述懐している。このトーナメントでは、4日間72ホールで2番ハイブリッド(ロフト18度、ヘッドの形状からPeanutという愛称で親しまれたアダムスゴルフ社のIdea Proという名のモデル)を25回使用した。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たジャック・ニクラス

    メジャー初勝利から2年後の1977年4月の第41回マスターズ(オーガスタ、パー72)では、プレイヤー専属のキャディを帯同することが認められていなかったが(1983年まで)、2日目に5アンダーで首位に浮上し、最終日は帝王ジャック・ニクラスとの一騎討ちを行い、最後の2ホールで1打ずつ、計2打差をつけ、12アンダーで制してメジャー2勝目を挙げると(PGAツアー6勝目)、7月のターンベリーでの第106回全英オープンではファイルズをキャディに従え、歴史的なニクラスとの真昼の決闘(後述)を1打差の12アンダーで制してメジャー3勝目を挙げ(PGAツアー8勝目)、年間メジャー2冠を獲得した。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たバッバ・ワトソン

    64歳で臨んだ2014年の第78回マスターズは、フィル・ミケルソン、ダスティン・ジョンソン、キーガン・ブラッドリー、セルヒオ・ガルシア、アーニー・エルス、チャール・シュワルツェル、ルーク・ドナルド、アンヘル・カブレラ、グレーム・マクドウェル、ウェブ・シンプソンらの試合巧者や、松山英樹も予選落ちの波乱があった大会だが、ワトソンも78-81で11打及ばず予選落ち(予選通過ラインは148、優勝はバッバ・ワトソン)。7月、ワトソンは全英オープンの2週間前のグリーンブライアクラシック(オールドホワイトTPC)で3日連続アンダーパーで廻るなどして、通算4アンダーで35位タイフィニッシュと調整して、2009年大会の2位で得た出場権で37回目の全英オープンに臨んだ(第143回大会、ロイヤルリバプール開催、7312ヤード、パー72)。予選は快晴であり、ワトソンは初日73、風の吹いた2日目を73でしのぎ、予選通過ラインギリギリの2オーバー、56位タイで突破して本選へ。72人が進出した3日目は、嵐(強風と大雨)との天気予報により、全英オープン史上初の「2ウェイ・3サムの第3ラウンド」となったが、断続的な雨のみで順調に大会は進行、ワトソンは10時50分(現地時間)インスタート(10番ホールからスタート)して75とスコアを崩した。最終ラウンドは好天にも恵まれ、8時55分スタートで5バーディ・1ボギー・12パーの68で廻り、4日間通算1オーバーの51位タイフィニッシュ。ドライバーの平均飛距離は271.9ヤード、5番ホールでは4日連続バーディを奪った。R&Aから2015年セント・アンドルーズ開催の第144回全英オープンに特別招待された。8月、全米プロゴルフ選手権に33回目の出場を果たしたが(第96回大会、バルハラ、7458ヤード、パー71)、72-73の85位タイで、2打及ばず予選落ち。9月にはアウェイのグレンイーグルス開催の第40回ライダーカップで史上最年長の全米チームキャプテンを務めたが、欧州選抜チームがロリー・マキロイらの活躍で3連覇を果たした(米国11.5ポイント、欧州16.5ポイント)。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

  • トム・ワトソン

    トム・ワトソンから見たキーガン・ブラッドリー

    64歳で臨んだ2014年の第78回マスターズは、フィル・ミケルソン、ダスティン・ジョンソン、キーガン・ブラッドリー、セルヒオ・ガルシア、アーニー・エルス、チャール・シュワルツェル、ルーク・ドナルド、アンヘル・カブレラ、グレーム・マクドウェル、ウェブ・シンプソンらの試合巧者や、松山英樹も予選落ちの波乱があった大会だが、ワトソンも78-81で11打及ばず予選落ち(予選通過ラインは148、優勝はバッバ・ワトソン)。7月、ワトソンは全英オープンの2週間前のグリーンブライアクラシック(オールドホワイトTPC)で3日連続アンダーパーで廻るなどして、通算4アンダーで35位タイフィニッシュと調整して、2009年大会の2位で得た出場権で37回目の全英オープンに臨んだ(第143回大会、ロイヤルリバプール開催、7312ヤード、パー72)。予選は快晴であり、ワトソンは初日73、風の吹いた2日目を73でしのぎ、予選通過ラインギリギリの2オーバー、56位タイで突破して本選へ。72人が進出した3日目は、嵐(強風と大雨)との天気予報により、全英オープン史上初の「2ウェイ・3サムの第3ラウンド」となったが、断続的な雨のみで順調に大会は進行、ワトソンは10時50分(現地時間)インスタート(10番ホールからスタート)して75とスコアを崩した。最終ラウンドは好天にも恵まれ、8時55分スタートで5バーディ・1ボギー・12パーの68で廻り、4日間通算1オーバーの51位タイフィニッシュ。ドライバーの平均飛距離は271.9ヤード、5番ホールでは4日連続バーディを奪った。R&Aから2015年セント・アンドルーズ開催の第144回全英オープンに特別招待された。8月、全米プロゴルフ選手権に33回目の出場を果たしたが(第96回大会、バルハラ、7458ヤード、パー71)、72-73の85位タイで、2打及ばず予選落ち。9月にはアウェイのグレンイーグルス開催の第40回ライダーカップで史上最年長の全米チームキャプテンを務めたが、欧州選抜チームがロリー・マキロイらの活躍で3連覇を果たした(米国11.5ポイント、欧州16.5ポイント)。トム・ワトソン フレッシュアイペディアより)

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