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    ボン・ジョヴィから見たキングダム・カム

    1988年9月、4thアルバム『ニュージャージー』(New Jergey)を発表。Billboard 200・全英アルバムチャートで1位を獲得。シングル「バッド・メディシン」(Bad Medicine)と「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」(I'll Be There For You)もBillboard Hot 100で1位を獲得し、人気を不動のものとした。日本では、「バッド・メディシン」がSANYO CDラジカセ「ZooSCENE」・家庭用ビデオ規格「S-VHS」CMソングに、「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」が富士フイルム「AXIA」CMソングに起用され、ともにCMにメンバーが出演した。また、大晦日には東京ドームでフェス形式のカウントダウン・ライヴを行い、ラット、キングダム・カムらと共演した。1989年は前日に続き元日からフェス形式のライヴを開催。その後、大阪・名古屋で単独公演を行った。この年、ボン・ジョヴィは第3回日本ゴールドディスク大賞でアルバム『ニュージャージー』が「グランプリ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」(洋楽部門)を受賞し、「グランプリ・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」(洋楽部門)も受賞した。8月にはモスクワで開催された『モスクワ・ミュージック・ピース・フェスティバル』にヘッドライナーとして出演。オジー・オズボーン、モトリー・クルー、スコーピオンズ・スキッド・ロウらと共演した。9月にはジョンとリッチーがMTV Video Music Awards授賞式で「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」と「ウォンテッド・デッド・オア・アライヴ」(Wanted Dead Or Alive)をアコースティック・アレンジでパフォーマンス。これにヒントを得てMTVが『MTVアンプラグド』を制作し、放送が開始された。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見たロンドン

    1995年5月、福岡・西宮(兵庫県)・東京で日本公演を開催。チケット代の一部が阪神・淡路大震災の被災者義援金となって寄付された。6月に6thアルバム『ジーズ・デイズ』(These Days)を発表。全英アルバムチャート1位を獲得し、日本でも2作連続となるオリコンチャート1位を獲得した。ツアーはロンドンのウェンブリー・スタジアム3日間公演など大規模なコンサートを開催した。一方、メンバー個人の活動としてジョンは俳優業を本格的にスタートしており、9月には映画デビュー作『ムーンライト&ヴァレンチノ』が公開された(日本公開は1996年10月)。ティコは絵画・彫刻アーティストとしてニューヨークなど数か所で個展を開催した。1996年5月、1年ぶりに来日し福岡・西宮・横浜で日本公演を開催。7月のツアー終了はバンド活動を休止し、ソロ活動となった。年末にはジョンの初主演作『妻の恋人、夫の愛人』が公開された(日本公開は1997年5月)。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見たアメリカ同時多発テロ事件

    2001年3月から4月にかけて日本公演を開催。日本独自企画として、ロック・トラックのみを集めたベスト・アルバム『TOKYO ROAD〜ベスト・オブ・ボン・ジョヴィ-ロック・トラックス』が発売され、3月28日の横浜アリーナ公演では本編のセットリストをアルバム収録曲順に演奏した。5月には初のライブ・アルバム『ワン・ワイルド・ナイト』(One Wild Night Live 1985-2001)を発表(日本盤は2001年12月に発売)。7月には地元ニュージャージーのジャイアンツ・スタジアムでツアー最終公演を行った。9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が起こると、各チャリティー活動に参加した。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見たNFL

    2002年2月、ソルトレイクシティオリンピック閉会式でパフォーマンス。9月にはニューヨークのタイムズスクエアで開催されたイベント『NFL Kickoff Live From Times Square』にヘッドライナーとして出演。日本では8thアルバム『バウンス』(Bounce)を発売。2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件の影響を受けたアルバムとなった。アルバム発売に合わせて来日し、日本盤発売日の9月11日にはZepp Tokyoで一夜限りのスペシャル・ライヴを行い、大阪・名古屋・福岡・仙台のZepp会場で生中継された。また、アルバム収録曲の「バウンス」(Bounce)がフジテレビ系ドラマ『ダブルスコア』挿入歌に、「ディスタンス」(The Distance)がアサヒ「スーパードライ」CMソングに起用された。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見た音楽配信

    2013年1月、「ビコーズ・ウィー・キャン」(Because We Can)を全世界に音楽配信。2月から『Because We Can: The Tour』を開始。3月に12thアルバム『ホワット・アバウト・ナウ』(What About Now)を発表。Billboard 200で1位を獲得した。ところが、リッチーが4月2日のカナダカルガリー公演から不参加となり、フィルXが代役として再び参加した。9月にはティコの入院により南米ツアーが延期され、一部が中止となった。代役には地元ニュージャージー出身のリッチ・スキャネラが参加していたが、10月8日のカリフォルニア州フレズノ公演から復帰した。12月3日・4日には京セラドーム大阪・東京ドームで日本公演が行われ、日本公演が延べ100回となった。このツアーは、ポールスター誌による2013年に開催されたすべてのアーティストの中で最高の興行収益をあげたコンサートになった。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見たトニー賞

    2010年、2月からワールド・ツアー開始。5月にはジャイアンツ・スタジアムの老朽化に伴って新築されたニュー・メドウランズ・スタジアム(メットライフ・スタジアム)公演を行った。6月にはO2アリーナで12日間公演を行った。なお、6月13日公演のみデヴィッドは不参加となった(第64回トニー賞授賞式出席のため)。日本では、独自企画としてボックス・セット『アクセス・オール・エリア〜スペシャル・エディション・コレクターズ・ボックス』が発売された。11月には『クロス・ロード』からおよそ16年ぶりとなるベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』(Greatest Hits)を発表。CDでは2枚組となる『グレイテスト・ヒッツ -アルティメット・コレクション』(Greatest Hits ?The Ultimate Collection)も発表され、さらにアメリカ盤・インターナショナル盤・日本盤で収録曲が異なる内容になっている。日本では「禁じられた愛」が日清食品「カップヌードル」CMソングに替え歌で起用され、1995年のウェンブリー・スタジアム公演の映像が使用された。11月30日・12月1日には東京ドーム公演が行われた。『The Circle Tour』はビルボード誌による「Top 25 Tours of 2010」第1位となった。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見た東日本大震災

    2011年、東日本大震災の復興支援を目的としたチャリティー・アルバム『ソングス・フォー・ジャパン』(Songs For Japan)に参加。4月にはリッチーがアルコール依存症治療のためツアー不参加となり、代役としてフィルXが参加した。ツアーは7月末のポルトガルリスボン公演で終了した。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見たカリフォルニア州

    2013年1月、「ビコーズ・ウィー・キャン」(Because We Can)を全世界に音楽配信。2月から『Because We Can: The Tour』を開始。3月に12thアルバム『ホワット・アバウト・ナウ』(What About Now)を発表。Billboard 200で1位を獲得した。ところが、リッチーが4月2日のカナダカルガリー公演から不参加となり、フィルXが代役として再び参加した。9月にはティコの入院により南米ツアーが延期され、一部が中止となった。代役には地元ニュージャージー出身のリッチ・スキャネラが参加していたが、10月8日のカリフォルニア州フレズノ公演から復帰した。12月3日・4日には京セラドーム大阪・東京ドームで日本公演が行われ、日本公演が延べ100回となった。このツアーは、ポールスター誌による2013年に開催されたすべてのアーティストの中で最高の興行収益をあげたコンサートになった。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見た阪神・淡路大震災

    1995年5月、福岡・西宮(兵庫県)・東京で日本公演を開催。チケット代の一部が阪神・淡路大震災の被災者義援金となって寄付された。6月に6thアルバム『ジーズ・デイズ』(These Days)を発表。全英アルバムチャート1位を獲得し、日本でも2作連続となるオリコンチャート1位を獲得した。ツアーはロンドンのウェンブリー・スタジアム3日間公演など大規模なコンサートを開催した。一方、メンバー個人の活動としてジョンは俳優業を本格的にスタートしており、9月には映画デビュー作『ムーンライト&ヴァレンチノ』が公開された(日本公開は1996年10月)。ティコは絵画・彫刻アーティストとしてニューヨークなど数か所で個展を開催した。1996年5月、1年ぶりに来日し福岡・西宮・横浜で日本公演を開催。7月のツアー終了はバンド活動を休止し、ソロ活動となった。年末にはジョンの初主演作『妻の恋人、夫の愛人』が公開された(日本公開は1997年5月)。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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    ボン・ジョヴィから見たサマーソニック

    2014年、デビュー30周年。7月にはニューヨークの名称となってから350年を記念して、町に縁のあるアーティストのライヴを上映する『NY LIVE!』の第4弾として、ボン・ジョヴィ『インサイド・アウト』が日本国内の劇場で公開された。また、ボン・ジョヴィ初となる“デラックス・エディション”シリーズとして、4thアルバム『ニュージャージー』のデラックス・エディションを発売。アルバム制作当時、バンド側は2枚組でのアルバム発売を構想していたが、レコード会社の指示で1枚になったという。今回のデラックス・エディションには、『サンズ・オブ・ビーチズ』(Sons Of Beaches)として制作されていたデモ音源や未発表曲が収録されている。8月にはリッチーがソロで来日し、サマーソニックに出演。その後、東京のライヴハウスで公演した。なお、リッチーについてジョンはショービズ411によるインタービューで「もうやめたんだよ。リッチーはもういないんだ。でも、悪い感情は全然ないよ。バンドをやるのには、なにも終身の義務じゃなくてもいいってことだよ。」と述べているが、正式発表はない。ボン・ジョヴィ フレッシュアイペディアより)

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