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    スバル・レガシィから見たSUBARU

    レガシィ(LEGACY )は、SUBARU(旧・富士重工業)が生産・販売するセダン型の普通乗用車。同社の看板車種であると共に、アルシオーネSVXの販売終了以降はスバルの旗艦車種となった。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見た富士スピードウェイ

    2009年は、第6戦鈴鹿・第7戦富士・第9戦もてぎに参戦し、第7戦富士では完走した。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見た2009年

    2009年春に開催されたニューヨークオートショーにて5代目となる新型レガシィのプロトタイプが公開された。プロジェクト・ゼネラルマネージャーは、2009年4月より富士重工業執行役員・スバル商品企画本部長、STI社長兼任の日月(たちもり)丈志。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見たポルシェデザイン

    プレミアム性の高まったこのモデルでは、ポルシェデザインが監修したエアロパーツを纏った限定モデルも存在する。「BLITZEN(ブリッツェン)」と名付けられたこのモデルは、2000年より毎年限定生産された。ブリッツェン専用の鮮やかな赤いカラーを施されたものは数が少なく、5速マニュアルは特に希少とされている。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見たブレンボ

    またモデル末期には開発主査・桂田勝の強い意志によりSTIによるスペシャルチューニングを施した「レガシィS401 STi version」が400台限定で販売された(のちに桂田はSTI社長に就任)。エンジンは熟練工による手組み、バランス取りなどが施されており、これに伴いヘッドカバーも黒からシルバーへと変更され、シリアルナンバーが入っている。6,400rpmで293psを発生させ、4,400〜5,600rpm の幅広い回転域で35.0kg?m のトルクを発生した。車両形式も変更されGH-BESとなり、車体番号はBES-002001からとなる(SはSTiの意、Sが使われたのが最初で最後となる)。またGD型インプレッサWRX-STIで採用される6速MTを搭載し、ブレンボ社製のブレーキやS401専用パーツなどが与えられスペシャルモデルとしてふさわしい装備となっていた。286台で生産を終了している。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見たコリン・マクレー

    初代セダン「RS」は欧州におけるスバルブランド向上のため、STIがイギリスのモータースポーツ・コンストラクタープロドライブの協力の元、1990年から世界ラリー選手権 (WRC) に参戦した。当時、三菱・ギャラン VR-4やトヨタ・セリカ GT-FOUR、フォード・エスコート・コスワース、ランチア・デルタ インテグラーレなどとグループA全盛期に相対し、レオーネ RXの勇退からインプレッサ WRX登場までの4年間を戦い抜いた。そしてインプレッサのWRCデビュー戦を間近に控えた1993年のニュージーランド・ラリーで、コリン・マクレーのドライビングによりスバルにとって初の、レガシィにとって最初で最後のWRC優勝を飾り、第一線の性能を有したまま、その座をインプレッサに譲った。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見たジョルジェット・ジウジアーロ

    新開発のボディは、くさび形をモチーフに、ブリスターフェンダーが与えられ、各ピラーを黒色処理とすることで、ガラスが連続する航空機のキャノピーを連想させるもの。「アルシオーネ」で用いられたデザインテーマを継承した。デザインワークにはジョルジェット・ジウジアーロが関与したとも言われているが、純然たる社内デザインによる作である。チーフデザイナーを務めた杉本清によればスケッチの段階までジウジアーロとコンタクトがあったものの最終的に社内でデザインが進められたと語っている。特に4ドアセダンではデザイン上の特徴として、リヤサイドウィンドウとクォーターウィンドウの下端を段付処理、ツーリングワゴンではクォーターウィンドウとリアウィンドウの下端を段付処理している。なお、オーストラリア向けであるリバティはセダンのリヤのバンパー造形ならびにプレート位置が異なる。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見た桂田勝

    開発主管は桂田勝。開発コンセプトは「レガシィを極める」。1998年6月に登場。このモデルチェンジでFF車が廃止され、全グレードが4WDとなった。全幅を1,695mmとし、先代に引き続き5ナンバーサイズを死守している。セダンはワゴンに半年遅れて発売され、新たに「B4」のブランド名が与えられた。B4はスポーティグレードのみ(RSK、RS)の設定とするなど、ツーリングワゴンとの差別化が計られ、その後スポーツセダンマーケットの代表車種として認識されるにまで成長して4代目以降に引き継がれている。 1998 - 1999RJCニューカー・オブ・ザ・イヤー(登録車)受賞(ツーリングワゴン・ランカスター)。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見たオリビエ・ブーレイ

    内外装のデザインには元メルセデス・ベンツのチーフデザイナー、オリビエ・ブーレイが参加し、社内スタッフと共に作業を行った。4ドアセダンは6ライトのウィンドウグラフィックはそのままに、A、Cピラーの黒色処理をやめ、リヤホイールアーチ真上のCピラー根元を太くすることで、視覚的な力強さを表現した。一方でツーリングワゴンは、サイドからリアまで回り込むウィンドウデザインやステップアップしたルーフ形状など成功作となった先代と共通するイメージを採用した。また、フロントグリルにはスバル・ff-1から想起されたという台形デザインが新たに盛り込まれており、この台形グリルは次の3代目レガシィや同時期のインプレッサなどにも波及した。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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    スバル・レガシィから見たパラダイス山元

    ツーリングワゴンのデザインは、当時富士重工業でカーデザインを担当していた現在、ミュージシャン、グリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロースとして活躍するパラダイス山元である。スバル・レガシィ フレッシュアイペディアより)

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