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  • ロジャー・フェデラー

    ロジャー・フェデラーから見たラファエル・ナダル

    2005年も好調を維持し、驚異的なペースで勝ち星を重ねた。マスターズ・シリーズではインディアン・ウェルズ、マイアミ、ハンブルグ、シンシナティで優勝。マスターズ・シリーズの年間4冠は史上初の快挙だった。グランドスラムは全豪オープンでマラト・サフィンに、全仏オープンでラファエル・ナダルに、それぞれ準決勝で敗れるも、ウィンブルドンでアンディ・ロディックを、全米オープンでアンドレ・アガシをそれぞれ決勝で破って連覇を果たす。シーズン終盤は足首を傷めてしまい、マスターズ・カップの出場が危ぶまれたが、決勝まで勝ち上がり、1984年にジョン・マッケンローが記録したシーズン最高勝率の更新に王手をかけた。しかし、ラウンドロビン戦では攻略していたジュニア時代からのライバル、ダビド・ナルバンディアンに7-6、7-6、2-6、1-6、6-7の逆転負けを喫し、大会連覇とともに記録更新を阻まれた。この年は11大会で優勝。81勝4敗、勝率95.3%を記録した。4敗の内訳は、同世代のサフィンやナルバンディアンの他、ナダルやリシャール・ガスケといった10代の若手で、特にナダルとはその後も幾度となく火花を散らす事となる。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たノバク・ジョコビッチ

    グランドスラムでは、全豪オープンを全試合ストレート勝ちで優勝。グランドスラムでの達成は1980年全仏オープンのビョルン・ボルグ以来27年ぶり史上4人目で、全豪オープンとしては1971年のケン・ローズウォール以来の快挙であった。全仏オープンは決勝でナダルに敗れ、年間グランドスラムを阻まれた。ウィンブルドンは決勝でナダルとの接戦を制し、1980年のビョルン・ボルグ以来となる5連覇を達成。全米オープンも決勝で新鋭ノバク・ジョコビッチを破り、前人未到を更新する4連覇を果たした。これにより、歴代最多となる10大会連続グランドスラム決勝進出を達成した。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たアンディ・マリー

    足首の怪我から明けた2006年、驚異的だった前年を上回るペースで勝ち星を重ねる。マスターズ・シリーズではインディアン・ウェルズ、マイアミ、カナダ、マドリードで優勝、モンテカルロ、ローマで準優勝。グランドスラムでは全豪オープン、ウィンブルドン、全米オープンで優勝。全仏オープンは決勝でナダルに敗れ、年間グランドスラムを阻まれた。10月はジャパン・オープン・テニス選手権に出場。決勝でティム・ヘンマンを破り、初来日を優勝で飾っている。更にマスターズ・カップでも優勝し、出場した17大会のうち16大会で決勝に進出。12大会で優勝する異次元の活躍を魅せ、戦績は92勝5敗(勝率94.8%)に上った。敗戦の内訳はラファエル・ナダルに4回、アンディ・マリーが1回と、共に新進気鋭の選手であり、これまでのライバル選手達には手がつけられなくなっていた。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たアンディ・ロディック

    2003年、2月から6月に掛けて6大会で決勝進出、うち4大会で優勝するなど好調な前半戦を過ごした。この勢いでウィンブルドンへ乗り込むと、準決勝で優勝候補のアンディ・ロディックを、決勝ではマーク・フィリプーシスをストレートで下し、念願のグランドスラム優勝をスイス人男子として初めて成し遂げた。更にマスターズ・カップで、これまで全敗を喫していたアンドレ・アガシをはじめ、この年のグランドスラム・チャンピオンを全て退けて栄冠を手にした。この年は7大会で優勝し、78勝17敗(勝率82%)を記録。自己最高の世界ランキング2位でシーズンを締めくくった。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たトマーシュ・ベルディハ

    全米オープンでは準々決勝でベルディヒに敗れ、同大会9年ぶりにベスト4進出を逃した。10月の上海マスターズでは、準決勝でマレーに敗退するも、大会後のランキングでは1位を守り、男子初の在位総週300週を超えた。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たスタン・ワウリンカ

    ATPワールドツアー・ファイナルではラウンドロビンを全勝で1位通過し、準決勝では同胞のワウリンカとの激戦を制して決勝進出を果たすが、腰の怪我により決勝戦を棄権し準優勝となった。フェデラーの棄権は2012年1月のカタール・エクソンモービル・オープン以来、プロ生活3度目のことであった。また、ツアー・ファイナルにおける決勝戦の棄権は大会45年の歴史の中で初の出来事であった。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たフアン・マルティン・デル・ポトロ

    しかし続く欧州クレーコート・シーズンは、マドリード・マスターズで、決勝でナダルのクレーコート連勝数を33勝で止めて優勝。続く全仏オープンでは、4回戦でナダルを破ったロビン・セーデリングを6-1, 7-6, 6-4で破り、悲願の全仏オープン初優勝を果たし、史上6人目となるキャリア・グランドスラムを達成、併せてサンプラスと並び歴代1位となる四大大会14度目の優勝を挙げた。また同大会では、準々決勝でガエル・モンフィスを下し、四大大会準決勝連続進出記録を20大会連続に伸ばし、準決勝でフアン・マルティン・デル・ポトロを下して、四大大会決勝進出回数でイワン・レンドルの19大会目に並んだ。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見た錦織圭

    クレーコートシーズンでは、マドリード・マスターズ3回戦で第14シードの錦織圭に敗退。BNLイタリア国際では、半年ぶりにツアー大会の決勝に進出するもナダルに敗退した。全仏オープンでは、4回戦でオープン化後史上4人目となるマッチ通算900勝を達成。しかし、続く準々決勝でツォンガにストレートで敗退した。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たジミー・コナーズ

    全仏オープンでは、準決勝でジョコビッチにストレートで敗退。しかしながら、1回戦の勝利で史上初となる全グランドスラム各大会50勝を達成。続く2回戦で4大大会通算234勝目を挙げ、ジミー・コナーズを抜く歴代最多のマッチ勝利数を更新した。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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    ロジャー・フェデラーから見たピート・サンプラス

    そして6月、ウィンブルドンの4回戦に勝ち進み、優勝候補のピート・サンプラスと初対戦となった。当時のサンプラスはテニス界で一時代を築いており、特に同選手権では1993年から2000年に掛けて7度も制覇するなど絶対的な強さを誇っていた。サンプラス優位と予想される中、試合は序盤から拮抗した打ち合いが続いた。互いに2セットずつ奪い合って迎えた最終セット第9ゲーム、フェデラーがサービスゲームでミスを誘われブレークピンチを招いてしまう。いつものフェデラーなら感情的になって自滅する展開だったが、気持ちを切り替えてサンプラスに食らい付き、2度のデュースを凌いでサービスキープに成功。課題だった感情の制御を克服しつつある事を示した。そして第12ゲーム、今度はフェデラーがサンプラスのミスを誘ってブレークチャンスを掴み、最後はフォアハンドのリターンエースで決着をつけ、3時間41分に渡る7-6(7) 5-7 6-4 6-7(2) 7-5 の番狂わせを演じ切った。この一戦は大きな注目を集め、一躍フェデラーを時の人とし、サンプラス時代の終焉を予感させる出来事となった。この後、フェデラーはティム・ヘンマン戦で力尽き、準々決勝でウィンブルドンを去る事となる。この年はバーゼルでも準優勝し、ランキングを12位まで上げ、準優勝2回、優勝1回、49勝21敗でシーズンを終えた。ロジャー・フェデラー フレッシュアイペディアより)

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