前へ 1 2
17件中 1 - 10件表示
  • 佐藤悠基

    佐藤悠基から見た上野裕一郎上野裕一郎

    2003年、高校2年時のインターハイは1500m8位、5000m9位に入った。上位入賞者にはジョセファト・ダビリやサムエル・ワンジルら外国人留学生と、上野裕一郎らがいた。地元・静岡県で開催された第58回国民体育大会の少年A5000mでは高校2年歴代4位(当時)となる14分02秒82を記録して、日本人トップの2位に入っている。12月の全国高校駅伝で佐藤は4区を走り、22分44秒の区間新記録を樹立して上野裕一郎らと共に佐久長聖高校を準優勝に導いた。佐藤悠基 フレッシュアイペディアより)

  • 松岡佑起

    松岡佑起から見た上野裕一郎上野裕一郎

    中学校では野球部に所属していたが、陸上の試合にも駆り出されていたといい、中学3年になって陸上に転向した。ラストスパートが持ち味である。双子の弟(悟史)は同じ中学・高校から龍谷大学進学ののち、揃って大塚製薬に就職。松岡兄弟として知られ、刺激し合い切磋琢磨している。同学年には北村聡、上野裕一郎、伊達秀晃がいる。高校時代には4人とも5000mで13分台を出しており大学進学以降もそろって第一線級で活躍を続け、「四天王」とも呼ばれている。松岡佑起 フレッシュアイペディアより)

  • 伊達秀晃

    伊達秀晃から見た上野裕一郎上野裕一郎

    同学年のライバル北村聡、松岡佑起、上野裕一郎とともに「学生四天王」と呼ばれていた。東海大学入学後はインカレや駅伝を中心に活躍を見せ、3年連続区間賞獲得(2度の区間新記録を含む)の活躍で2005年から2007年まで出雲駅伝3連覇や、第81回大会箱根駅伝の往路優勝に貢献した。伊達秀晃 フレッシュアイペディアより)

  • 竹澤健介

    竹澤健介から見た上野裕一郎上野裕一郎

    年が明けて2007年1月2日、第83回箱根駅伝でも前年に続いて2区を走り、6人を抜き3位まで順位を上げるとモグスらを抑え区間賞を獲得した。1月21日、第12回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会(ひろしま男子駅伝)では大学生・社会人混合区間である3区にエントリー。2番手でタスキを受けると序盤から飛ばして先頭に立ち、大森輝和・上野裕一郎につぐ区間3位でまとめ、北村聡・八木勇樹・中山卓也らと共に兵庫県代表として優勝を飾った。4月29日には、アメリカ・スタンフォード大学で行われたカージナル招待において27分45秒59を記録し、世界選手権の参加標準記録Aを突破した。またこれは渡辺康幸の持っていた10000m日本人学生記録を12年ぶりに塗り替えるものであり、日本歴代9位(当時)となる記録であった。6月10日、第76回日本インカレ5000mでは松岡佑起・高橋優太・上野裕一郎らを交わし優勝を飾った。続く6月30日、第91回日本選手権10000mでは28分56秒27で走り松宮隆行に次いで2位となり、世界陸上選手権大阪大会代表を確定的なものにした。竹澤健介 フレッシュアイペディアより)

  • 北村聡

    北村聡から見た上野裕一郎上野裕一郎

    同学年の松岡佑起、伊達秀晃、上野裕一郎とともに「四天王」と呼ばれている。同じ兵庫県出身の1学年下に竹澤健介や木原真佐人(共に報徳学園高卒)といった顔ぶれがそろっている。2年先輩の熊本剛とは小学校から大学まで同じである。2002年国民体育大会5000mでは13分45秒86を残し、土橋啓太が先着したため記録保持者とはならなかったが当時の高校新記録をマークする。2007年 全日本大学駅伝最終8区で、圧倒的な強さを誇っていたメクボ・ジョブ・モグスに次ぐ区間2位の快走で順位を4位から2位に上げ、日体大の18大会ぶりのトップ3入り(準優勝)に貢献した。北村聡 フレッシュアイペディアより)

  • シレシ・シヒネ

    シレシ・シヒネから見た上野裕一郎上野裕一郎

    現在までケネニサ・ベケレの陰に隠れて長距離界では目立たないが、実力は世界トップクラスで、常に世界大会では銀メダルを獲ってきた。そのため敬意と皮肉を込めて「シルバーコレクター」と呼ばれている。現在ケネニサ・ベケレと共にエチオピア及び世界の長距離界をリードするランナーである。なお、2006年に福岡で行われた世界クロスカントリー選手権のショート(4km、この年をもって廃止)ではスタート直後に上野裕一郎と足が絡まり転倒。その結果、団体戦でのエチオピアの連覇が途絶えることになった。シレシ・シヒネ フレッシュアイペディアより)

  • 両角速

    両角速から見た上野裕一郎上野裕一郎

    東海大学第三高等学校から東海大学に進み、箱根駅伝を4年連続で力走した。社会人では日産自動車、ダイエーなどで活躍し、オリンピックを目指すが出場は果たせなかった。1995年に佐久長聖高校教諭となり駅伝部監督を務めた。「5年以内に都大路に出場してくれ」と学校長に頼まれたという。当初部員はわずか2人でスカウトを兼ね自ら大会に出場していたところ、佐藤清治を見出したという。佐藤清治や上野裕一郎、佐藤悠基といった日本高校記録を更新するランナーを育て、他にも全国高等学校総合体育大会の入賞者を出した。他県出身の佐藤悠基や大迫傑ら中学時代の全国大会上位入賞者が進学するなど佐久長聖高校を長距離陸上競技の名門校に育て上げた。佐久長聖高校は箱根駅伝や全日本実業団対抗駅伝競走大会、日本インカレ、日本陸上競技選手権大会、世界陸上競技選手権大会といった大会出場選手の出身高校として知られるようになった。2011年のサッポロビール箱根駅伝オリジナルCMには駅伝部監督として教え子の映像とともに出演した。両角速 フレッシュアイペディアより)

  • ジョセファト・ダビリ

    ジョセファト・ダビリから見た上野裕一郎上野裕一郎

    留学生として来日。流通経済大柏高校時代は同学年に上野裕一郎、北村聡、1学年下に同じケニア人留学生サムエル・ワンジル、ジョン・カリウキ、メクボ・ジョブ・モグスらがいたがインターハイを席巻。2002年(高校2年)・2003年(同3年)の1500m・5000m2種目を制覇している。このうち高校3年時の1500m・5000mでは大会新記録での優勝となった。ジョセファト・ダビリ フレッシュアイペディアより)

  • 村澤明伸

    村澤明伸から見た上野裕一郎上野裕一郎

    全国高等学校駅伝競走大会や全国都道府県対抗男子駅伝など駅伝においても好成績を残した。全国都道府県対抗駅伝では高校の先輩であり憧れの選手であった上野裕一郎・佐藤悠基らと共に長野県代表として出場、2008年・2009年には区間賞を獲得し優勝に貢献。2008年の全国男子高校駅伝3区では、仙台育英高校の留学生で2007年・2008年のインターハイ5000m覇者ポール・クイラを相手に食い下がると、31秒差の区間2位となる23分38秒の歴代日本人最高記録で走破し佐久長聖高校の初優勝に大きく貢献した。村澤明伸 フレッシュアイペディアより)

  • 大迫傑

    大迫傑から見た上野裕一郎上野裕一郎

    中学入学から本格的に陸上競技を始めた。中学3年時の第33回全日本中学校陸上競技選手権大会3000mでは3位に入った。東京都出身であり、3000mでも東京都中学校の最高記録8分41秒59をマークした。2007年に佐久長聖高校に進学。1学年上には村澤明伸や後に大学でも先輩となる平賀翔太や佐々木寛文らがいた。2008年に5000mで高校2年生としては史上4人目となる13分台を記録。また、1シーズンに同一高校から複数選手が13分台をマークした初の例にもなった。その年の全国高校駅伝では自ら志願してアンカーを務め、1位で襷を受けるとそのまま区間賞の活躍を見せ、またチームも外国人選手を含まない記録としては過去最高の2時間02分18秒を記録し、佐久長聖高校の初優勝に貢献した。翌2009年には2度目の全国高校駅伝に出場、大迫自身は1区で区間賞を獲得し、同じ佐久長聖高校出身である上野裕一郎に次ぐ1区日本人歴代2位となる、29分06秒を記録した。チームは4位に入った。大迫傑 フレッシュアイペディアより)

前へ 1 2
17件中 1 - 10件表示

「上野裕一郎」のニューストピックワード