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  • 内の倉ダム

    内の倉ダムから見た下越地方下越地方

    こうして河川改修は継続して行われていたが1966年(昭和41年)7月17日、新潟県下越地方を集中豪雨が襲い、内の倉川上流部で一日の総降水量が267ミリに達した。このため加治川は各所で堤防決壊を起こして11,700ヘクタールが浸水の被害に遭った。この豪雨を機に新潟県は加治川改良工事全体計画を改め、毎秒2,000トンの計画高水流量を毎秒3,000トンへと変更する方針に切り替えた。ところがその一年後の1967年(昭和42年)8月28日、新潟県下越地方を再び集中豪雨が襲った。いわゆる羽越豪雨である。この羽越豪雨は新潟県と山形県に壊滅的な被害をもたらしたが、特に下越地方の被害は凄まじく荒川や胎内川などの沿岸は平野が湖水と化した。加治川流域でも一日の総降水量が内の倉川上流の二王子岳で337ミリ、加治川上流の赤谷で355ミリ、東北電力加治川ダム地点で496ミリの猛烈な豪雨を記録。加治川は新発田市西名柄や向中条で堤防が決壊して新発田市をはじめ新潟市にまで浸水の被害は及び、前年の豪雨をはるかに上回る大災害となった。二年連続で集中豪雨の被害を受けた新発田市を洪水から守るために新潟県は当初の全体計画よりも倍となる毎秒4,000トンの計画高水流量を策定し、うち毎秒3,000トンを堤防改修を始めとした河道整備、残り毎秒1,000トンを加治川上流ダム群計画で補うこととした。これにより加治川本流と内の倉川に治水ダムが計画されることになった。内の倉ダム フレッシュアイペディアより)

  • 栃窪峠

    栃窪峠から見た下越地方下越地方

    古来、魚沼丘陵を越えて中魚沼郡(妻有)と南魚沼郡(上田)を結ぶ峠は、多数存在していたが、栃窪峠は中世から近世にかけて最も利用された。上杉謙信の時代には、春日山から南魚沼、やがて三国峠を越えて関東地方へ至る最短ルートとして整備され重要視された。このため峠を通過する道は、関東街道と呼ばれたほか、地元の地名から妻有街道、高田街道、柏崎街道と呼ばれた。江戸時代においても人の往来や物資の移動が盛んであり、南魚沼(上田)側には口留番所が設置され、往来の監視と峠道の整備が図られた。明治時代になり、下越地方と関東地方を結ぶ信越本線が開通すると栃窪峠の重要性は低下。さらに20世紀後半になると近隣の八箇峠道路(国道253号)などの整備が優先的に進められ、南魚沼と中魚沼を結ぶ主要ルートからは外されている。栃窪峠 フレッシュアイペディアより)

  • キューピット (スーパーマーケット)

    キューピット (スーパーマーケット)から見た下越地方下越地方

    株式会社キューピットは、新潟県新潟市東区に本社を置き、同県下越地方を中心にスーパーマーケットチェーン「キューピット」を運営する企業。キューピット (スーパーマーケット) フレッシュアイペディアより)

  • 佐渡地方

    佐渡地方から見た下越地方下越地方

    他の3つは上越地方・中越地方・下越地方佐渡地方 フレッシュアイペディアより)

  • 豊栄 (地名)

    豊栄 (地名)から見た下越地方下越地方

    豊栄市(とよさかし) - 新潟県下越地方に存在した市。2005年3月21日に他11市町村とともに新潟市へ編入された。現在の北区。豊栄 (地名) フレッシュアイペディアより)

  • 下北弁

    下北弁から見た下越地方下越地方

    「?だから」をあらわすことばとして、「?すけ」というのがある。これは新潟県の中越地方や下越地方でも用いられているが、青森県の津軽地方の方言にはみられない。「?すけ」は上方の「?さかい」系の言葉である。青森県では南部地方で多く用いられる。下北では「?すて」「?して」が多用されている。「?すて」の「す」の音はsiとsuの中間音であり、曖昧に発音される。少数ではあるが、年配者で「?すけ」を用いる人がいたが、現在ではほとんどなくなりつつある。下北弁 フレッシュアイペディアより)

  • 東北地方の経済史

    東北地方の経済史から見た下越地方下越地方

    6世紀、畿内政権の集権化が進むと、当時従属していなかった奥羽越地域(東北地方、新潟県北部・中部)の一帯は征討活動の対象とされた(→蝦夷)。7世紀中盤にかけて、北東北以外の蝦夷の地域は、早々に畿内政権下に組み込まれ、前線基地(柵、鎮守府)と統治機関(国府)が置かれた(当初の多賀城は、国府と鎮守府を兼ねた)。その後、南東北は、北東北に対する畿内政権の征討活動の地盤となり、前線(柵、鎮守府)は北東北に移動して行く。東北地方の経済史 フレッシュアイペディアより)

  • 国設胎内スキー場

    国設胎内スキー場から見た下越地方下越地方

    また、胎内二王子県立自然公園と磐梯朝日国立公園の区域内に含まれる。下越地方のスキー場の一つであり、コース数や索道数、コース総面積などは下越最大の規模を誇るが、近年は深刻な雪不足に悩まされることもある。2006年(平成18年)のシーズンは暖冬の影響による小雪で、オープン以来初めてシーズン中に一度も全面営業できずに営業を終了している。その際、シーズン券購入者にはほとんど営業が出来なかったお詫びとして、翌年も続けてシーズン券を有効とした。雪不足の対策として人工降雪機などが使用されているが、ちびっこぱ〜く及び初心者用ゲレンデへの使用にとどまっている。オフシーズンは、スキー場の駐車場が日本自動車連盟 (JAF) 公認のジムカーナコースとして競技会などで利用されている。国設胎内スキー場 フレッシュアイペディアより)

  • 越後味噌

    越後味噌から見た下越地方下越地方

    上越地方では大豆と米麹の混合比が10:9 - 1:1と後者の比率を高めにしており、さらに全体の赤みを薄くしていたため、麹がよりはっきりと浮いて見える傾向があった。明治時代にはこの比率が5:6となる場合もあり、黄金味噌と呼ばれていたという。新潟市など下越地方では大豆と米麹の比率が10:7程度という時期もあり、鮮やかな赤色が特徴的だった。越後味噌 フレッシュアイペディアより)

  • 上越

    上越から見た下越地方下越地方

    この意味での上越は、越後国のうち上方(京都、近畿)寄りの地域で、越後国を上中下3つに分けた上越・中越・下越のうち1つ。古代には、上下2つに分けて上越後(かみえちご)・下越後(しもえちご)と呼んだ。上越地方は上越市、妙高市、糸魚川市が該当し、これら地域には「上越」と名の付く鉄道路線(JR上越線・上越新幹線)は一切通っていない。上越 フレッシュアイペディアより)

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