
札幌飛行場から見た住民運動
定期便については「ジェット機は千歳」、「プロペラ機は札幌」という棲み分けができていたものの、1980年代後半に入るとエアーニッポンが使用していた日本航空機製造YS-11が老朽化し、使用機材をジェット機に切り替え、発着空港を新千歳空港へ移転する公算が大きくなった。北海道及び札幌市は、空港を引き続き活用させるべく滑走路を1,800mに延長する計画を進めたが、騒音増大を危惧する住民運動が活発になったこと、一都市圏にジェット機が離着陸する空港を二つも抱えることの是非なども問題となり1997年にジェット機化を断念するに至った。(札幌飛行場 フレッシュアイペディアより)