112件中 11 - 20件表示
  • 中村剛也

    中村剛也から見た松田宣浩

    ''7月23日にQVCマリンフィールドで開催されたオールスター第2戦では2本の本塁打を放ち、MVPに選ばれた。2009年と並ぶ自己記録タイの48本塁打を放ち、本塁打王と打点王の2冠を達成。本塁打数は千葉ロッテマリーンズのチーム本塁打数の46本を2本上回っており、個人の本塁打数がチームの本塁打数を上回るのは、に西鉄の中西太(31本)と毎日の山内一弘(28本)が近鉄の27本を上回って以来の57年ぶり3度目の記録となった。また、25本の本塁打を放ち本塁打数2位となったソフトバンクの松田宣浩とは23本差をつけたが、これはに王貞治が記録した22本差を上回る新記録となった。パシフィック・リーグ全体の本塁打数は454本であり、中村1人で10.57パーセントの本塁打を打ったこととなる。これは1953年の中西太の9.33パーセントを上回っており、10パーセント以上となったのは2リーグ分裂後初のことである。10月21日に放送されたテレビアニメ『クレヨンしんちゃん』では本人役で出演し、作中では野原しんのすけに「棒読みだよーん」と突っ込まれた。12月15日の契約更改では総額10億円の3年契約を結んだ。西武で複数年契約を結ぶケースは数少なく、球団本部長の鈴木葉留彦は「個人名は控えますが、複数年は過去もいた。中村選手にも、特別に残ってほしい意思の表れです。これだけホームランと打点を稼ぐ打者は日本で他にいない」と語った。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見たトニー・バーネット

    セ・パ交流戦50本塁打:2012年6月10日、対東京ヤクルトスワローズ3回戦(明治神宮野球場)、10回表にトニー・バーネットから左越2ラン ※史上初中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見た清原和博

    「究極」とも評されるホームランバッター。「7割の力でもスタンドへ運ぶことができる」と自負する長打力を持ち味としている。外野へのフライの30パーセント近くを本塁打にする。元西武のコーチの光山英和は中村について「今まで清原(和博)とか、秋山(幸二)さんとか、石井(浩郎)さんとか、いろんなホームランバッターを見てきたけど、ホームランを打つことに関しては、あいつが断トツ。ボールの飛び方がぜんぜん違う。ちょっと次元が違うね。ああいうのが、ほんまのホームランバッターって言うんやと思う」と評している。2016年シーズン終了時点では、規定打席に達した年は全て本塁打王を獲得していた。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見たFUNKY MONKEY BABYS

    FUNKY MONKEY BABYS 「ALWAYS」 (2005年)中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見た日高剛

    初盗塁:2003年10月1日、対オリックス・ブルーウェーブ28回戦(Yahoo!BBスタジアム)、8回表に二盗(投手:窪田淳、捕手:日高剛中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見た攝津正

    1000試合出場:2014年6月27日、対福岡ソフトバンクホークス10回戦(西武ドーム)、8回裏に大?雄太朗の代打で出場、攝津正から四球 ※史上463人目中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見た石井義人

    ''はホセ・フェルナンデスが東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍し、三塁手のレギュラーを石井義人・平尾博嗣らと争い、特に左投手が先発する時は三塁手のスタメンは平尾になるのが恒例となった。自己最多の100試合に出場したが、本塁打は半減し9本に終わった。またチャンスに打てなかった(得点圏打率.205)。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見た松井稼頭央

    ''5月13日のオリックス戦で通算100号本塁打を達成。9月20日のソフトバンク戦で40号を放ち、西武の日本人選手では秋山幸二以来となる二年連続40本塁打を達成した。シーズン長打86本(本塁打48本、三塁打1本、二塁打37本)は2002年の松井稼頭央の88本に次いで歴代2位。この年はケガでの離脱もあったが開幕から打ち続け、48本塁打、122打点を記録し2年連続本塁打王となり、打率も.285と前年に比べて大きく上がった。打点王は自身初。2年連続の本塁打王は西武の日本人打者としては - の中西太以来53年ぶりで、打点は球団最多記録を更新した。一方で154三振、15失策で二年連続最多三振・最多失策だった。また、OPSは両リーグ唯一の1.0超えを記録した。26歳でのシーズン48本塁打は王貞治と並ぶ最多記録である。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見たアレックス・カブレラ

    ''は「8番・三塁手」で2年連続の開幕スタメンに選出。打撃不振で5月に二軍落ちしたが、6月に復帰。三塁手のレギュラーで起用され続けたが打撃は上向かず、レギュラー定着以降最低の成績に終わった。アレックス・カブレラの守備難から一塁手でも10試合にスタメン起用された。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

  • 中村剛也

    中村剛也から見たアレックス・ラミレス

    ''は春季キャンプ中の2月25日、打撃練習を待っていた中村の顔面にディー・ブラウンの振ったバットが直撃。大量の鼻血が出たが、幸い鼻の打撲で済み、翌日から通常の練習メニューをこなした。公式戦を間近に控えたオープン戦で、自打球が顔面に当たり頬骨を骨折。3月20日の開幕戦には何とか間に合った。しかしその影響か開幕から10試合は本塁打が出ず打率も1割ほどで打点もわずか1と極度の不振であった。ようやく放ったシーズン第1号は、4月7日のオリックス・バファローズ戦であった。6月10日に5月中から続いていた右肘の痛みが激しくなり登録抹消。6月中に右肘の遊離軟骨除去手術を受け、その治療のためファン投票・選手間投票第1位で選出されたオールスターゲームも出場を辞退した。8月27日に一軍に復帰、9月に調子を上げ85試合の出場で25本の本塁打を打ったが打率は.234と最後まで低いままで、規定打席未到達にもかかわらず111三振を喫し得点圏打率も.170と低くかった。6月4日の東京ヤクルトスワローズ戦で伊東勤を抜いて球団新となる通算9本目の満塁本塁打を記録した他、5月25日の広島東洋カープ戦と6月4日のヤクルト戦、9月3日の楽天戦と史上初の3号連続の満塁本塁打を記録。また、入団9年目での満塁本塁打10本目到達は2001年の中村紀洋(大阪近鉄バファローズ)、2010年のアレックス・ラミレス(読売ジャイアンツ)の10年目を抜く最速記録になった 。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

112件中 11 - 20件表示

「中村剛也」のニューストピックワード