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    中村剛也から見た山村宏樹

    初本塁打:2004年7月24日、対大阪近鉄バファローズ18回戦(西武ドーム)、7回裏に山村宏樹から左越2ラン中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見た窪田淳

    初盗塁:2003年10月1日、対オリックス・ブルーウェーブ28回戦(Yahoo!BBスタジアム)、8回表に二盗(投手:窪田淳、捕手:日高剛)中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見た中山慎也

    統一球が導入された2011年以降リーグ最高の通算OPS.891と、両リーグ最多となる通算75本塁打を記録しており、ボールを引きつけ、柔らかいスイングからインパクトの瞬間に右手を押し込む打撃で本塁打を放つ。右手で押し込む感覚は2011年6月29日のオリックス戦で中山慎也から打った本塁打がきっかけで身についたと言い、「感覚的なことなので、なかなか説明するのは難しいが、ボールがバットに長くくっついている感じ」だという。2011年シーズン当初は、統一球で本塁打を打つにはミートポイントを前にすることが大切であると言われていたが、中村は『バットを長く押し込むこと』と『打者の手元寄りのミートポイント』を挙げており、「ポイントを前にしたほうが、当たれば飛ぶとは思います。実際に僕が2008、2009年に本塁打のタイトルを取ったときもポイントはかなりピッチャー寄りでした。ただ、ポイントを前に置くことによって、変化球への対応が難しいというデメリットもある。だからそのときと比べたらだいぶ手元寄りになりましたよ。(今のポイントは)左足を踏み込んだときの前あたりです。ホームランを打っているときは、だいたいこのポイントで打てているはず」と話している。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見たカルロス・ミラバル

    初打席・初安打・初打点:同上、1回表にカルロス・ミラバルから中越先制適時二塁打中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見た中西太

    、5月13日のオリックス戦で通算100号本塁打を達成。9月20日のソフトバンク戦で40号を放ち、西武の日本人選手では秋山幸二以来となる二年連続40本塁打を達成した。シーズン長打86本(本塁打48本、三塁打1本、二塁打37本)は2002年の松井稼頭央の88本に次いで歴代2位。この年はケガでの離脱もあったが開幕から打ち続け、48本塁打、122打点を記録し2年連続本塁打王となり、打率も.285と前年に比べて大きく上がった。打点王は自身初。2年連続の本塁打王は西武の日本人打者としては - の中西太以来53年ぶりで、打点は球団最多記録を更新した。一方で154三振、15失策で二年連続最多三振・最多失策だった。また、OPSは両リーグ唯一の1.0超えを記録した。26歳でのシーズン48本塁打は王貞治と並ぶ最多記録である。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見た秋山幸二

    、5月11日のオリックス戦で金子千尋から顔面右側に死球を受け頬骨を骨折するもスタメン出場を続け、15日のソフトバンク戦では本塁打を放った。このとき打撃コーチの大久保博元が「もしライオンが近付いてきたらどうするか」と質問したところ(それでも動けないほど痛い、と答えたら休ませるつもりだった)、中村は「食べちゃいます」と答えたため「これは大丈夫だ」と翌日の出場を決めたという。この年は守備面では主に捕球における不安定さが目立ち、リーグ最多の22失策を記録。打撃では打率は昨年よりわずかに上回ったものリーグワースト3位、得点圏打率も.231と勝負弱さも課題となった。三振は162個とリーグ最多で、シーズン記録としては歴代7位、日本人右打者では最多。しかしこの年から打撃コーチに就任した大久保からミートポイントを前にするようアドバイスされ、三振の多さと引き替えに本塁打を量産。西武の日本人選手の本塁打記録(43本、秋山幸二、田淵幸一)、25歳の本塁打記録(44本、大杉勝男、岩村明憲)を塗り替える46本塁打、自身初としては、規定打席、本塁打王、100打点(101打点、リーグ3位)、サヨナラ本塁打、オールスターゲーム出場(三塁手、ファン投票1位)。西武の日本人選手で年間40本以上の本塁打を放ったのはの秋山幸二以来21年ぶり。同球団での達成経験者としては、田淵、秋山に次いで3人目。また、日本プロ野球において、初の規定打席到達で年間40本以上の本塁打を記録したのはの秋山幸二、の多村仁に次ぎ日本人選手では3人目となった。日本シリーズでは、3安打3本塁打7打点。アジアシリーズの予選の天津ライオンズ戦では東京ドームの三階席まで飛ばす特大の本塁打を放っている。私生活では、7月8日に元タレントの村上麻里恵と結婚した。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見た西岡剛 (内野手)

    高校時代は大阪桐蔭高校の4番打者として活躍。進学した理由は自宅から高校まで徒歩5分という立地条件であったという。高校時代の通算本塁打83本は大島裕行に次ぎ、鈴木健と並ぶ当時の史上2位タイ。3年夏は歴代2位となる大阪府予選6本塁打を放ち、「浪速のカブレラ」と呼ばれ注目の的となる。岩田稔は高校時代の同期、西岡剛は一年後輩にあたる。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見たブライアン・ウルフ

    200本塁打:2011年9月19日、対北海道日本ハムファイターズ18回戦(西武ドーム)、5回裏にブライアン・ウルフから左越ソロ ※史上96人目中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見た笘篠誠治

    50メートル6.3秒、一塁到達4.18秒を記録するなど体型の割に脚力も備える。かつてコーチを務めた笘篠誠治からは「打撃センスはともかく、走塁のセンスには非常にずば抜けているものがある」「走塁に興味を持てば、球界でも上位クラスにもいけるのでは」と評価され、チームメイトだった平尾博嗣からは「動けるデブ。体重100kg以上の人の運動会があったら間違いなく1位」と評されている。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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    中村剛也から見たディー・ブラウン (野球)

    、春季キャンプ中の2月25日、打撃練習を待っていた中村の顔面にディー・ブラウンの振ったバットが直撃。大量の鼻血が出たが、幸い鼻の打撲で済み、翌日から通常の練習メニューをこなした。公式戦を間近に控えたオープン戦で、自打球が顔面に当たり頬骨を骨折。3月20日の開幕戦には何とか間に合った。しかしその影響か開幕から10試合は本塁打が出ず打率も1割ほどで打点もわずか1と極度の不振であった。ようやく放ったシーズン第1号は、4月7日のオリックス戦であった。6月10日に5月中から続いていた右肘の痛みが激しくなり登録抹消。6月中に右肘の遊離軟骨除去手術を受け、その治療のためファン投票・選手間投票第1位で選出されたオールスターゲームも出場を辞退した。8月27日に一軍に復帰、9月に調子を上げ85試合の出場で25本の本塁打を打ったが打率は.234と最後まで低いままで、規定打席未到達にもかかわらず111三振を喫し得点圏打率も.170と非常に低く不本意なシーズンとなった。6月4日のヤクルト戦で伊東勤を抜いて球団新となる通算9本目の満塁本塁打を記録した他、5月25日の広島戦と6月4日のヤクルト戦、9月3日の楽天戦と史上初の3号連続の満塁本塁打を記録。また、入団9年目での10本目到達は2001年の中村紀洋(近鉄)、2010年のアレックス・ラミレス(巨人)の10年目を抜く最速記録になった 。中村剛也 フレッシュアイペディアより)

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