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  • CHAOS (プロレス)

    CHAOS (プロレス)から見た中邑真輔中邑真輔

    2009年4月5日の新日本プロレス両国国技館大会で真壁刀義vs中邑真輔戦にて、矢野通が突如乱入。同団体のヒール・ユニットG・B・Hを代表するタッグチームであった真壁と矢野通であったが、矢野が裏切り、真壁を襲撃。矢野は中邑と行動を共にすること宣言する。CHAOS (プロレス) フレッシュアイペディアより)

  • 矢野通

    矢野通から見た中邑真輔中邑真輔

    4月5日、パートナーの真壁に対して椅子攻撃を喰らわせ、G・B・Hを離反。この日に真壁とシングルマッチで対戦した中邑真輔と共闘を宣言し、後に真壁、本間朋晃を除いたG・B・Hメンバーと共にCHAOSを結成した。6月20日に真壁とシングルマッチで対戦。乱入してきた中邑のアシストを経て、真壁を鬼殺しで葬ったが、7月シリーズに幾度となく真壁が乱入。7月20日に再度シングルマッチが組まれるも、キングコングニードロップでピンフォール負けを献上した。矢野通 フレッシュアイペディアより)

  • 石井智宏

    石井智宏から見た中邑真輔中邑真輔

    2009年4月に中邑真輔、矢野が立ち上げた新ユニットCHAOSの一員として活動。井上亘やタイガーマスクを相手に抗争を繰り広げたが、いずれも敗北を喫している。石井智宏 フレッシュアイペディアより)

  • 志田光

    志田光から見た中邑真輔中邑真輔

    ハーフダウン状態の相手の顔面または頭部へのランニングニー。飛び込み式もある。GENTAROは(中邑真輔の「ボマイェ」を捩り)「シダイェ」と呼んでいるが本人は嫌がっている。フィニッシュホールドとして放つものは魂のスリーカウントとなる。志田光 フレッシュアイペディアより)

  • 全日本プロレス

    全日本プロレスから見た中邑真輔中邑真輔

    2008年(平成20年)1月4日の東京ドーム大会で、グレート・ムタが参戦して後藤洋央紀と対戦。4月には武藤が中邑真輔に勝利してIWGPヘビー級王者になった。7月には欠場中の小島が、新日本のリングに参戦して天山を救出。「天コジタッグ」を復活する形になり、そのままG1に参戦を表明した。8月31日、全日本の興行で初めてIWGPヘビー級選手権試合を開催。王者である武藤がG1 CLIMAX2008優勝者の後藤洋央紀に勝利して防衛に成功。小島と天山はその後、新日本のG1タッグリーグ戦、全日本の世界最強タッグリーグ戦でダブル優勝を果たした。全日本プロレス フレッシュアイペディアより)

  • 武藤 敬司

    武藤敬司から見た中邑真輔中邑真輔

    2004年から他団体のリングに積極的に進出するようになる。2年ぶりに新日本のリングに上がり、1月4日にはボブ・サップとタッグを組み、蝶野&天山広吉に勝利。その後、10月9日には、付き人を務めた西村修と組み、棚橋弘至&中邑真輔と対戦したが敗れている。ZERO-ONEのリングでは、2月29日に大森隆男と対戦して勝利。4月25日には、橋本とタッグを結成して勝利を収めたが、奇しくもこれが最後となった。武藤敬司 フレッシュアイペディアより)

  • 高山善廣

    高山善廣から見た中邑真輔中邑真輔

    2010年1月4日、6年前に対戦した中邑真輔のIWGPヘビー級王座に挑戦、ボマイェで敗れるもバックステージではすっきりした顔で「本当にスゲェチャンピオンになったんだな」と中邑を讃えた。高山善廣 フレッシュアイペディアより)

  • 橋本真也

    橋本真也から見た中邑真輔中邑真輔

    2008年(平成20年)3月2日、橋本の功績を称え、2代目IWGPヘビー級ベルトが中邑真輔から橋本家に贈呈された。橋本真也 フレッシュアイペディアより)

  • マシュー・ブルーム

    マシュー・ブルームから見た中邑真輔中邑真輔

    その後もユニット「RISE」の一員として中邑真輔らと共闘していたが、同年9月の後楽園ホール大会で突如RISEを離脱して「G・B・H」へ加入。これをきっかけに再び本来のヒールレスラーとして活動し始めるも、2009年4月に中邑、矢野らが結成した新ユニット「CHAOS」のメンバーに。CHAOS加入後はカール・アンダーソンとのタッグチーム、バッド・インテンションズ(BAD INTENTIONS)として天コジ、ワイルド・チャイルドなど様々なタッグチームを撃破。G1 TAG LEAGUEでは始まって史上初となる全戦全勝という快挙を成し遂げ見事優勝を果たした。マシュー・ブルーム フレッシュアイペディアより)

  • カート・アングル

    カート・アングルから見た中邑真輔中邑真輔

    2007年1月16日、新日本プロレスへの参戦を発表。2月28日に永田裕志とタッグを組んでトラヴィス・トムコ(トムコとはスタイナーと同じく、WWE時代は全く試合を交えていない)&ジャイアント・バーナードの王者チームと対戦(余談だが、この時の観客は「USA」コールを少々する程度しかカートにチャントをしておらず、むしろ永田の方ばかりに歓声が飛んだ)。6月29日、イノキ・ゲノム・フェデレーション(IGF)旗揚げ戦でWWE時代から長く抗争を続けていたブロック・レスナーとシングルで対戦しアンクル・ロックで勝利し、レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座(IWGP 3rd)のベルトを手中に収めた(なお、レスナーは新日より王座を剥奪されており、「IWGP 3rd」の「ベルト」のみ賭けられた。また、試合後にはレスナーとの和解を果たした。12月20日はIGF「GENOME2」でケンドー・カシン、2008年1月4日には新日東京ドーム大会で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利を収めたが、2月17日の新日両国国技館大会で中邑真輔との「ベルト統一戦」に敗れ、3rdベルトを手放す。カート・アングル フレッシュアイペディアより)

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