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    井口資仁から見た赤堀元之

    初死球:1997年5月4日、対近鉄バファローズ5回戦(福岡ドーム)、8回裏に赤堀元之から井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見たウィリー・フレーザー

    初盗塁:1997年7月11日、対オリックス・ブルーウェーブ13回戦(福岡ドーム)、2回裏に二盗(投手:ウィリー・フレーザー、捕手:中嶋聡)井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見たグレッグ・マダックス

    初死球:2005年5月20日、対シカゴ・カブス1回戦(リグレー・フィールド)、1回表にグレッグ・マダックスから井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た倉野信次

    その後、青山学院大学へ進学。高等学校時代に引き続いて、遊撃手としてプレーする。4年の春から4年の秋まで主将を務める。4年の時にはアメリカ合衆国で開催されたアトランタオリンピックで野球日本代表に選ばれ、銀メダル獲得に貢献。この時にキューバ代表のプレーに衝撃を受けたことが後のメジャー挑戦を意識するきっかけになった。また、 同期のチームメイトである澤崎俊和、清水将海、倉野信次などと一緒に全日本大学野球選手権大会の優勝を始め、多くの輝かしい実績を残した。個人としても、1番・遊撃手の「青い核弾頭」として活躍し、東都大学リーグ史上唯一である三冠王や、リーグ記録となる1シーズン8本塁打などを記録。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見たケニー・レイ

    この年から前述の通り、日本球界最年長野手となった。7月29日、パ・リーグ最年長選手であったケニー・レイ(楽天)の退団に伴い、新たにパ・リーグ最年長選手となった。今シーズンもスタメンと代打の交互での起用が多く、最終的には79試合 打率.257、本塁打5本、打点34で終えた。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た吉田篤史

    開幕当初は1番として起用されたが、その後は9番など下位打線に回ることが多かった。打率はリーグ最下位となる.221と低迷したものの、リーグ12位の21本塁打を放ち、「恐怖の9番」と言われた。また、7月5日の対ロッテ戦では吉田篤史からランニング本塁打を放った。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た初芝清

    1月20日に千葉ロッテマリーンズと年俸1億8000万円の3年契約を結んで入団。複数年契約を提示したフィリーズを始め、当時複数のメジャーチームから三塁手としてのオファーがあったが、家族の生活環境と二塁手としてのオファーを優先しロッテへの入団を決めたという。背番号は初芝清が2005年に現役を引退して以降準永久欠番扱いとなっていた「6」に決まった。石垣島での開幕前のキャンプではダイエー時代に行っていた朝練習を竹原直隆と一緒に敢行。開幕から4番を務め、4月7日には史上7人目となる全打順本塁打を日本プロ野球通算150本塁打で放った。不振で途中から4番を外されたが最終的に123試合に出場し、打率.281、19本塁打を記録した。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た岸孝之

    1000打点:2012年8月7日、対埼玉西武ライオンズ13回戦(QVCマリンフィールド)、3回裏に岸孝之から中前適時打井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た森内壽春

    250本塁打:2013年4月16日、対北海道日本ハムファイターズ3回戦(札幌ドーム)、7回表に森内壽春から左越ソロ井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た関根裕之

    100本塁打:2003年4月6日、対日本ハムファイターズ3回戦(東京ドーム)、8回表に関根裕之から中越2ラン ※史上225人目井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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