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  • 井口資仁

    井口資仁から見た鳥越裕介

    シーズン中に左肩を負傷し、手術を行い長期離脱。日本シリーズで復帰するが、守備が得意な鳥越裕介の一軍定着により、こだわりを持っていた遊撃手のレギュラーを剥奪され、遂には二塁手にコンバートされる。優勝旅行にも参加せず、オフに登録名を本名の「忠仁」から「資仁」に変更して飛躍を誓った。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

  • 井口資仁

    井口資仁から見た柴田佳主也

    初三振:同上、6回裏に柴田佳主也から井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た西沢道夫

    5試合連続猛打賞(2003年6月3日?6月8日) ※パ・リーグ新記録・プロ野球タイ記録(1954年 西沢道夫(中日)以来2人目)井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た関根裕之

    100本塁打:2003年4月6日、対日本ハムファイターズ3回戦(東京ドーム)、8回表に関根裕之から中越2ラン ※史上225人目井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た秋山幸二

    30本塁打40盗塁(2001年) ※張本勲(1963年)、秋山幸二(1990年)に次いで史上3人目井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見たジミー・ロリンズ

    2000年までは遊撃手を務めていたが、2001年からは二塁手を務め、3度ゴールデングラブ賞に輝いた。二塁守備では深めのポジションに就くことが多く、肩の強さは二塁手としてはメジャーでも強肩の部類に入ると評された。ジミー・ロリンズは井口と初めて二遊間を組んだ時について「あの日は練習時間を間違えて球場入りしてしまったんだ。練習や打ち合わせなしで本番に臨んだ。でも、初回から彼のプレーを見て『本物だ。それにオレと感覚が似ている。オレと同じで基本の枠を越えてプレーできる選手だ』と実感した。素晴らしいね」と語った。2006年には『ベースボール・アメリカ』誌で監督投票による「最も守備の良い二塁手」の2位に選出されるなどグラブ捌きにも定評があったが、守備範囲は広くなく、2005年にはDRSやUZRなど各種守備指標で平均を上回る数値を残していたが、翌年以降は平均を下回り、ロッテ移籍後も得点換算などで平均を大きく下回った。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た澤崎俊和

    青山学院大学では1年春からレギュラー(入学当時の主将は小久保裕紀)。同期の澤崎俊和、清水将海、倉野信次、1学年下の高須洋介らと共に全日本大学野球選手権大会優勝を始め多くの輝かしい実績を残した。個人としても、1番・遊撃手の「青い核弾頭」として大活躍し、東都大学リーグ史上唯一である三冠王や、リーグ記録となる1シーズン8本塁打などを記録。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見たブライアン・ウルフ

    1000三振:2011年9月13日、対北海道日本ハムファイターズ19回戦(東京ドーム)、2回表にブライアン・ウルフから ※史上51人目井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見た西崎幸広

    開幕から3番を任されるものの、その後は低迷し例年と同様下位打線で起用されるようになる。打率はリーグ最下位の.224に終わったものの、優勝争いの中でサヨナラ打を3度記録するなど勝負強さを発揮した。9月8日の首位攻防となる対西武ライオンズ26回戦(福岡ドーム)では西崎幸広からサヨナラ満塁本塁打を、試合前に西武が敗れマジック1で迎えた9月25日の対日本ハムファイターズ26回戦(福岡ドーム)でも金村暁から決勝本塁打を放つなど、福岡ダイエー初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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    井口資仁から見たペドロ・バルデス

    5試合連続猛打賞、1試合4二塁打の日本タイ記録を達成した。開幕戦は7番で迎えたが、シーズン途中から3番打者としてほぼ定着し、ダイハード打線の中軸を担った。1番・村松有人、2番・川崎宗則とともに盗塁を量産、終盤に村松が骨折で離脱したこともあり2年ぶりの盗塁王(42盗塁)に輝いた。さらに松中、城島、ペドロ・バルデスとともに史上初の100打点カルテットを形成した。最終的に打率.340(リーグ4位、リーグベストテンに入ったのは自身初)、27本塁打(リーグ12位)、109打点(リーグ5位)。2度目のベストナイン・ゴールデングラブ賞にも選ばれた。日本シリーズでは、打率は.231に終わったものの、本塁打を2本放ち、優秀選手に選ばれた。オフには一時ポスティングシステムでのメジャー移籍を球団から承認されていたが、小久保裕紀の読売ジャイアンツへの移籍により否認。契約更改では「中内正オーナーの経営体制が刷新した場合、もしくは高塚代行が退任した場合、自由契約の選択権は井口にある」との覚書を交わした。井口資仁 フレッシュアイペディアより)

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