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  • 今江敏晃

    今江敏晃から見た水田章雄

    は前2シーズンと打って変わって打撃好調を維持し、9月7日までに打率.309、12本塁打、55打点を挙げるものの、同日の対ソフトバンク戦で水田章雄より右上腕へ死球を受け右尺骨骨折し、登録抹消。結局一軍復帰を果たせぬままシーズン終了となった。また、この年は本塁打も2ケタを記録するなど打撃は好調だったものの守備では若干成績を落とし、特に補殺と併殺参加数は前シーズンまでと比べて少なかった(併殺参加数は2006年はリーグトップの24個だったがこの年はリーグ最少の4個しか記録できず。ワースト2位の草野大輔も13個記録していることからも少なさが分かる)。ゴールデングラブ賞を4年連続で受賞。今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見た岡本晃

    初打席:同上、9回表に岡本晃から遊撃ゴロ今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

  • 今江敏晃

    今江敏晃から見た金城龍彦

    2006年ワールド・ベースボール・クラシックの二次予選・韓国戦でセンター金城龍彦からの返球を落としてしまい、さらに「落としていない」とアピールする間にバッターランナーに二塁への進塁を許してしまった(記録にはエラーはついていない)。結果的にこのアピールによって決勝点を挙げられ、「もう日本に帰っても生きていけない」と考えるほどに思いつめたという。しかし決勝では2点タイムリーを放った。今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見たマット・フランコ

    は遊撃手のレギュラーに小坂誠がいたため、強肩を生かして外野手へのコンバートを打診されたが、内野手をやりたいという自身の希望で三塁手にコンバート。6月から初芝清やマット・フランコらと三塁手のレギュラーを争う活躍を見せ、6月にはプロ初本塁打を記録。しかし、投球を手に受けたこと(スイングしていたため、判定はストライク)による故障により41試合の出場に留まる。今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見た芝崎和広

    初盗塁:2005年4月6日、対西武ライオンズ3回戦(インボイスSEIBUドーム)、4回表に二盗(投手:芝崎和広、捕手:野田浩輔)今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

  • 今江敏晃

    今江敏晃から見た西岡剛 (内野手)

    2005年シーズンには一時首位打者争いをするなど頭角を表す。西岡剛と共に「ボビーチルドレン」と呼ばれた。今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見た野田浩輔

    初盗塁:2005年4月6日、対西武ライオンズ3回戦(インボイスSEIBUドーム)、4回表に二盗(投手:芝崎和広、捕手:野田浩輔今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見た堀幸一

    は6月に左手有鈎骨を骨折したのもあり、前年同様の打撃不振に陥り打率.249とさらに下げた。打順はほとんど8番か9番。また、故障により守備面でも不安があり堀幸一や青野毅にポジションを譲ることもあったが、ゴールデングラブ賞を3年連続で受賞。今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見た渡辺正人

    初出場:2002年4月28日、対大阪近鉄バファローズ5回戦(大阪ドーム)、9回表に渡辺正人の代打として出場今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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    今江敏晃から見た伊与田一範

    2010年までの応援歌はイ・ジョンヒョンの「ワ」が原曲。以前は石井浩郎、伊与田一範の応援歌として使われており、2003年に伊与田が戦力外通告を受け退団したため、2004年から「ワ」に変わった(2010年はマイナーチェンジし、より原曲に近くなった)。「ワ」以前は同じイ・ジョンヒョンの「ヌ」を応援歌として使用していた。2011年から『ソウルキャリバーII』のBGM「Brave Sword,Braver Soul」に変更された。今江敏晃 フレッシュアイペディアより)

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