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三重県道32号伊勢磯部線から見た伊勢神宮
志摩市磯部町恵利原から標高約240mの逢坂峠を越え、伊勢神宮神域の島路山を流れる島路川に沿って伊勢市宇治館町に至る道は、江戸時代には逢坂越えと呼ばれていた。志摩半島を縦断するこの道は旧志摩国から旧伊勢国への最短距離になる道であったが、磯部町側は急勾配であり、九十九折りの道の形状から「ナナマガリ」、同じような景色が続き狐に化かされたように感じることから「狐坂」とも呼ばれた。明治中ごろまでは志摩地方で水揚された魚類を伊勢市河崎町の市場まで担い棒を用いて徒歩で運ぶ「徒荷持(かちにもち)」で賑わったが、一人で一度に運べる量が限られるだけでなく、早朝に河崎町に到着するには磯部を夕方に出て、山道を徹夜で歩く必要があった。(三重県道32号伊勢磯部線 フレッシュアイペディアより)

