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光化学スモッグから見た西日本
1970年の初報告以来、日本国内では光化学スモッグが多数報告されるようになった。光化学スモッグ注意報などの発表延べ日数は、1973年(昭和48年)に300日を超えてピークに達している。その後減少し、1984年(昭和59年)には100日以下となる。しかし、再び増加して1980年代後半以降は100-200日前後を推移し、2000年と2007年には200日を超えている。光化学オキシダントの濃度も、2006年から2010年の5年間で環境基準を達成している地点は0.2-0%とほとんどなく、平成24年の環境白書でも「依然として低い水準」とされている。また2000年前後から、対馬などの離島や西日本、日本海側などで大陸(主に中国)から越境輸送された汚染物質が影響したと推定される光化学オキシダントの高濃度事例が発生して問題となっている。2002年には千葉県で国内で18年ぶり(千葉県内では28年ぶり)となる光化学スモッグ警報が発表されている。(光化学スモッグ フレッシュアイペディアより)
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