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    新幹線0系電車から見た新下関駅

    なお、Q3編成は廃車後、新下関駅の保守基地に2000年12月1日に設置された新幹線乗務員訓練センターで教材として使われていた。詳細は後述。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た編成 (鉄道)

    史上初の高速鉄道専用車両として1964年(昭和39年)から1986年(昭和61年)までの23年間・38次にわたり、東海道・山陽新幹線用の初代車両として改良を重ねつつ、合計3,216両が製造された。先頭車は224両ずつ製造。初期製造車を0系新造車で置き換えたため、在籍両数は1976年(昭和51年)の2,338両(うち2両は保留車)が最多である。JR発足時にはJR東海に1,339両{H編成(N編成2本、NH編成19本、H編成32本)の合計53本、S編成(SK編成26本、S編成12本)の合計38本、保留車35両}、JR西日本に715両{H編成(N編成1本、NH編成16本、H編成15本)の合計32本、SK編成5本、R編成21本、保留車17両}が承継された。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た鉄道車両の台車

    車体長24.5 m、車体幅3,380 mm と非常に大型の流線型準張殻構造車体である。在来線車両より5 m 長く、50 cm 以上(151系に対しても約43 cm)広い。また、高速安定走行実現のため、車輪径が大きく台車の背が高くなったことや床下に艤装される電装品の制約もあって客室床面高さも1,300 mm と高い。このように従来にない破格の大型車体であるが、1 mm から6 mm の範囲で部材の板厚を細かく変更し、必要に応じ高耐候性圧延鋼材(SPA-C)・熱間圧延軟鋼板(SPHC)・一般構造用圧延鋼材(SS)と鋼材の種類を使い分けることで、設計当時の技術で実現可能な普通鋼製車体としては限界の軽量化に近い、公称構体重量10.5 t を実現した。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た博多駅

    2008年(平成20年)11月30日に岡山14時51分発、博多18時21分着の「こだま」659号(R68編成)をもって、0系の定期運用を終了。同年12月6日・13日・14日に新大阪 - 博多間にて「ひかり号」として「0系さよなら運転」が行われ、12月14日に新大阪14時56分発、博多18時1分着の臨時「ひかり」347号(R61編成)をもって営業運転を終了した。その後は全車が廃車され、車種としては廃止された。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た大阪府

    2月19日に、JR西日本は川崎重工業に、同社で製造されたR61編成の1号車であった21-7008(←21-7034←21-2012)を譲渡すると発表した。3月14日に博多総合車両所から搬出され、同社兵庫工場で保存される。また、大阪府吹田市の吹田操車場跡地に再開発して商業施設や公園を整備する計画(吹田貨物駅開発事業)があるが、そこに先頭車を保存し、展示することが決定された。そしてR68編成6号車であった22-7007(←22-7036←22-2022)が2009年6月11日に吹田操車場跡に搬入された。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た連結器

    前頭部先端には丸いカバーを装着している。この中には非常用の連結器が納められている。開発当初、このカバーは半透明のアクリル樹脂製で、前部標識灯(前灯)の漏れ光を光源にして光る構造となっており「光前頭」と呼ばれた。後に走行中の鳥との衝突で破損することから、丈夫なFRP製のものに変更され、不透明となったことで「光前頭」は廃止された。前灯と尾灯は同一のランプを兼用しており、尾灯として使用する場合は赤いスクリーン(赤フィルター)を通して点灯させる仕組みとされ、前期車はバタフライ(二つ折り)式スクリーン、後期車は半円形(回転式)スクリーンである。前照灯を減光せずに用いるため一般的な尾灯に比べて非常に輝度が高く、雨天時に列車がトンネルに入った際など、トンネル坑口から赤い光の帯が延々と伸びる様子が見られた。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た博多総合車両所

    このさよなら運転では万が一運行不能になった際に備え、R67編成が岡山支所に待機していた。12月14日の夜に博多総合車両所に回送され、この回送列車をもって0系は本線から完全に姿を消した。そしてR68編成が2009年1月23日付で廃車されたのをもって廃系列となった。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た座席指定席

    最初期の車両は列車種別・列車名・号数・行き先が書かれた行先標が取り付けられていたが、高速走行中の脱落の可能性や列車本数の増加による煩雑さ、さらには盗難が相次いだこともあり、早期に使用を取りやめ、しばらくは車両側に行き先表示がされることはなかった。東京 - 新大阪間のみだった当時は運行系統自体は単純であり、終着駅の表示だけで事足りたが、岡山開業以降は複雑化したため、以後の新造車は現行の電動式方向幕が取り付けられた。電動幕に関しては、既存の車両に対し、当初は取付工事(改造)が行われた車両も存在したものの、新製車で旧来車を淘汰する方針となり、1976年(昭和51年)以降は取り付けられることはなかった。また指定・自由席表示も当初の札式から、省略の時期を経て、スリムライン、電動幕と変化している。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た上越新幹線

    名称として「0系」と表現されることが増えたのは東北・上越新幹線用の200系が落成した1980年(昭和55年)頃からのことで、1970年代以前は単に「新幹線電車」(しんかんせんでんしゃ)と表現されることが多かった。文献によっては「000系」と表現されることもあるが、1970年代以前にも鉄道関係の書籍や雑誌で「0系」と記した例は存在する。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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    新幹線0系電車から見た日本万国博覧会

    東海道新幹線開業時は12両編成だったが、1970年に日本万国博覧会(大阪万博)が開催された際、輸送力増強のため16両編成化された。新幹線0系電車 フレッシュアイペディアより)

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