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  • 北海道日本ハムファイターズ

    北海道日本ハムファイターズから見た大谷翔平

    1月ダルビッシュがポスティングシステムを利用し、メジャーリーグのテキサス・レンジャーズへ移籍。3月30日、開幕戦の埼玉西武戦(札幌ドーム)に、栗山監督からダルビッシュの後継役を期待された2年目の斎藤佑樹が先発。自身初の大役を務めると、プロ入り初の完投勝利をその大舞台で披露しチームは快勝。その後も斎藤は6月6日までの約2ヶ月間にプロ初完封を含む5勝を挙げ、チームの好調な滑り出しに大きく貢献した。4月28日の楽天戦(koboパーク宮城)では稲葉篤紀がプロ通算2000安打を達成。前半戦はロッテと首位を争い、5月6日に首位となっているが、交流戦は14勝8敗で2位、その後ロッテに首位を奪われ、前半戦を2位で折り返す。中盤からは吉川光夫が主戦投手として活躍。前半戦絶不調ながら栗山監督に4番として起用され続けた中田翔も徐々に調子を上げる。後半戦はロッテが失速し、西武との首位争いとなる。西武に首位に立たれたまま9月に突入してしまうが、9月7日に糸井嘉男が左脇腹挫傷から復帰すると、糸井は打率.380、15打点、出塁率.473、長打率.660という驚異的な成績で月間MVPを獲得する猛打を奮い、チームを強く牽引。チームは9月を16勝7敗2分けと大きく勝ち越す。9月15日には西武から首位を奪い、9月28日の西武との直接対決では、吉川光夫の完封、中田翔の2本塁打で勝利し、優勝へのマジックナンバー4が点灯。マジック1とした10月2日、2位の西武がロッテに3-5で敗れたため、3年ぶり6度目のリーグ優勝を決まった。クライマックスシリーズファイナルステージでは3位のソフトバンクと対戦。クライマックス・シリーズMVPに輝いた糸井嘉男の第1、2戦の2試合連続本塁打の活躍により4連勝(アドバンテージ含む)で3年ぶりの日本シリーズ進出を決める。巨人との日本シリーズでは、2勝4敗で敗退している。個人としては、3番打者の糸井嘉男が.404の出塁率を記録し、2年連続となる最高出塁率のタイトルを獲得。エース吉川光夫がチームトップの14勝を挙げ、防御率1.76で自身初タイトルとなる最優秀防御率を獲得。球団としては2009年のダルビッシュ有以来3年ぶりのリーグMVPに選出された。オフに田中賢介が海外FA権を行使してメジャーリーグに挑戦することを表明し、サンフランシスコ・ジャイアンツに入団。ドラフト会議では、メジャー挑戦を公言していた大谷翔平を1位指名し、長期交渉の末に獲得し12月25日に斎藤佑樹以来3人目の札幌ドームでの単独入団会見を行った。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た陽岱鋼

    1月22日に糸井、八木とオリックスの木佐貫洋、大引啓次、赤田将吾の2対3のトレードが成立。中でも糸井嘉男は、2009年より4年連続で「打率3割・ゴールデングラブ賞」を続け、その間2度のリーグ優勝に貢献した主力打者であったため、放出には選手から動揺、不満の声が上がったが、主力選手や人気選手であっても温情抜きでトレードの対象とする日本ハムの革新的な球団運営を象徴する大型トレードであった。開幕戦の西武戦には勝利したものの、そこから連敗し借金生活は6月28日まで続いた。4月13日のオリックス戦では球団14年ぶりの1試合5失策を記録。5月4日から15日にかけて9連敗で、借金は2010年6月16日以来の10、5月終了時点で19勝28敗1分の勝率.404で最下位。6月2日、新たにナイター照明がついた旭川市にある旭川スタルヒン球場で北海道移転後、屋外球場初のナイター主催試合となる横浜DeNA戦を開催。またそれまでは旭川では年2試合の主催試合の開催であったが、この年は北海道移転後、札幌ドームと旧本拠地東京ドーム以外では最多となる4試合の公式戦を開催し(翌年も4試合を開催)、計8万人を動員。移転当初から掲げる地域密着の姿勢をさらに強く示した。7月3日に開幕日以来の貯金を実現したが、7月17日に負け越すとついに勝ち越すことがないままシーズンを終えた。8月14日から守り続けてきた5位も9月21日にシーズン前のトレード相手のオリックスに抜かれ最下位に転落。9月28日のオリックス戦(京セラドーム)に0対8で敗れたことで、クライマックスシリーズ出場の可能性がなくなり、3年ぶりのBクラスが確定した。10月1日の札幌ドームでの楽天戦に2対11で敗れたことで、この年優勝した楽天には本拠地で1勝も勝てずに終わり、この年24勝無敗というシーズン成績を挙げた田中将大に対しても8連敗に終わった。10月6日の西武戦(札幌ドーム)に4対3で敗れ、12年ぶりに北海道移転後では初の最下位が決定、前年リーグ優勝からの最下位は1981年の近鉄以来32年ぶりの記録となった。64勝78敗2分で勝率.451はチーム8年ぶりの負け越し、チーム防御率は2006年以降全て2位以上であったが同年はリーグ5位、失策はリーグワーストの88を記録した。 陽岱鋼が自身そして球団史上初となる盗塁王を、ミチェル・アブレイユが本塁打王を獲得。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た岡島秀樹

    打撃部門では小笠原が本塁打・打点の二冠王を獲得。投手陣はリーグ1のチーム防御率3点台前半を記録し、八木智哉が12勝を挙げて新人王に輝いた。この年のリリーフは武田久とマイケル中村の2人の名前を取って、親会社の日本ハムにも引っかけてHisashi And Micheal、略してHAM(ハム)と呼ばれた。岡島秀樹が登板した日はTOM(トム)とも呼ばれていた(武田のT、岡島のO、マイケルのM)。時々andを「&」と表現し「H&Mの方程式」とすることもある。武田久が45ホールドポイントのリーグ新記録で最優秀中継ぎ投手。MICHEALが39セーブのリーグ新記録で最多セーブ。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た角盈男

    前年腰痛で1年を棒に振ったブリューワが復活し打率3割を超え、西崎は16勝をあげるも、投手陣の不調で5位に終わった。シーズン途中に巨人角盈男を無償トレードで獲得。オフに田中幸雄・早川和夫と中日藤王康晴・小松崎善久とのトレード。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た岡田茂 (東映)

    名物オーナーだった大川が急逝。岡田茂が社長に就任。岡田の盟友で球団所有権を有する東急社長の五島昇と共に、大川色が強く年間3億円の赤字が出ていて不採算だった球団を手放すこととなる(五島は野球が嫌いだった)。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た中嶋聡

    大谷翔平が開幕6連勝の球団タイ記録をマーク。交流戦では最終戦前まで2位・ソフトバンクと0.5ゲーム差の首位に立つものの、最終戦の阪神戦に大敗しソフトバンクに逆転され2位で終える。ソフトバンク・西武との首位争いの末、前半戦を首位ソフトバンクと3.5ゲーム差の2位で終える。後半戦も、首位・ソフトバンクの後塵を拝す状態が続き、9月17日にソフトバンクが優勝を決めV免が決定した。9月19日の西武戦に勝利しクライマックスシリーズ進出決定。また翌20日の西武戦にも勝利し、レギュラーシーズン2位が確定。クライマックスシリーズのファーストステージはシーズン3位のロッテと対戦した。1戦目を落とし、2戦目に逆転勝ちを収めるも3戦目に逆転負けを喫し、対戦成績1勝2敗で敗退した。この年をもって木佐貫が現役を引退、また現役最年長野手で実働29年のNPBタイ記録を持ち、阪急ブレーブスを経験した最後の現役選手であった中嶋聡も現役を引退した。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た金村暁

    ベテラン生え抜き選手や主力選手であってもトレードされる事があり(近年では金村暁やマイケル中村、高橋信二、糸井嘉男など)、その根拠となっているものは「ベースボール・オペレーション・システム(BOS)」という情報システムである。これは所属選手をセイバーメトリクスを元に成績・年俸・年齢によって主力、控え、育成、在庫の4種類に分類し、現場とフロントがチーム編成に関して客観的な数値に基づく共通の理解のもと、若手を適正かつ監督・コーチ変更の度に指導方針が変わってしまわないよう次のコーチに引き継がせる、ベテランを適宜放出することで、年俸総額を抑えながらチーム力を維持、登録選手全員を戦力として活用する事を目標としたものである。BOSは千葉ロッテマリーンズ、福岡ソフトバンクホークス、読売ジャイアンツ、横浜DeNAベイスターズにも採用されているが、初代の高田繁GMを招き日ハムに倣っているDeNA以外は「あくまで選手起用の決定権は監督にある」(BOSを重用しすぎて監督の仕事を奪いかねない)と参考程度である。過去にスキャンダルを起こした選手についても、「獲るべき選手を獲る。名誉挽回のチャンスを与えることが、球界全体にとって必要。(山田正雄前GM)」と大らかでこだわらない方針である。背景には、低コストで戦力を整えるためには「何らかの事情でもなければ、良い選手を獲るのが難しい(同GM)」という判断がある。また同時に教員経験者を採用して若手の生活面の指導にあたらせるなど一般的な教養・常識面を含めた選手教育にも力を入れており、そのような環境構築の実績・経験があるからこその方針ともいえる。その一方、コーチについても「選手・コーチ間で上下関係を無駄に構築しない」「自分を手本とした指導ではなく選手の特長を見極め長所を生かした選手作り」、「レポート提出による指導方法の回顧・改善」等コーチ技術の指導もしている。また、他の11球団が採用している「育成契約選手制度」を唯一採用しておらず2018年1月現在育成契約選手は皆無である。1チームにおける(育成も含む)選手の受け入れ上限は100人であるが、12球団唯一育成契約選手が存在しない北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た公文克彦

    序盤はソフトバンクの独走を許し一時は首位ソフトバンクとのゲーム差が最大11.5ゲーム差まで開いていたが、7月10日、球団タイ記録の14連勝。本拠地北海道移転後ホーム500勝を達成。7月12日、球団新記録の15連勝を達成。ソフトバンクとの差を徐々に縮め、8月末にはソフトバンクを抜き首位に立つ。終盤には首位争いでソフトバンクとの一騎討ちを繰り広げた。9月21日・22日の対ソフトバンク2連戦に連勝し、優勝へのマジックナンバー6が点灯。マジックナンバーを1として迎えた9月28日の対西武戦にレアードのソロ本塁打の1点を先発の大谷が西武打線を1安打・15奪三振の完封で守り切り1-0で勝利、4年ぶり7度目のリーグ優勝を達成した。なお、最大11.5ゲーム差を逆転しての優勝はパリーグ歴代2位の記録となる。中田が110打点で2年ぶり2度目の打点王、レアードが39本塁打で本塁打王、宮西が42ホールドポイントで最優秀中継ぎ投手を、それぞれ初受賞。クライマックスシリーズのファイナルステージでは、リーグ3位のロッテを2連勝で破ったリーグ2位のソフトバンクと対戦。4勝(アドバンテージ1勝を含む)2敗で、ソフトバンクを下し、4年ぶりの日本シリーズ出場が決定。そして日本シリーズは広島東洋カープと対戦。MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島での第1、2戦は連敗するも、札幌ドームでの第3戦から第5戦は2つのサヨナラ勝ちを含む3戦全勝で王手をかけ、10月29日の広島での第6戦を10-4で勝利し10年ぶり3度目の日本一を果たした。同時に最大11.5ゲーム差を逆転しての日本一は日本プロ野球記録となる。オフに陽がフリーエージェントで、吉川・石川慎吾が巨人との交換トレードで移籍(代わりに大田泰示・公文克彦が加入)。武田勝が引退した。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見たTRIPLANE

    「ファイターズと共に」(歌:TRIPLANE)※移転10周年記念ソング北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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    北海道日本ハムファイターズから見た山井大介

    シーズン当初から敗戦が続き、4月25日の6連敗時点で早くも負け越し数は8、首位からは6.5ゲーム差をつけられた。しかし5月19日の対ソフトバンク戦から交流戦を挟み、6月8日の対ヤクルト戦まで、球団史上最長となる14連勝を記録し、6月23日には18勝5敗でセ・パ交流戦初優勝を決めた。ライアン・グリンが5勝0敗で交流戦MVPを獲得した。9月19日、クライマックスシリーズ進出を決め、9月29日に球団史上初のリーグ2連覇を達成した。借金8からのリーグ優勝は新記録であった。ロッテとのクライマックスシリーズ第2ステージは3勝2敗で制した。日本シリーズは前年と同じ中日と対戦し、初戦に勝つもその後4連敗となり、第5戦では山井大介と岩瀬仁紀の継投による完全試合もあり、1勝4敗で連覇はならなかった。タイトルは絶対的エースに成長したダルビッシュが15勝を上げてMVPを、稲葉が自己最高の打率.334、176安打で首位打者と最多安打の2冠を獲得した。北海道日本ハムファイターズ フレッシュアイペディアより)

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