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  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見たヒロシ

    2005年4月に、3年越しの念願であった東京本社へ移籍。東京進出のきっかけとしては、華丸曰く、先述の元女性職員のアドバイスに「背中を押していただいた」ことや、華丸の長女が小学校入学を控えており、就学中の転居を避けたかったことがあったという。また同期の竹山隆範がカンニングとして全国区でブレイクした時は、かつての同期である事やネタも標準語主体であったことから祝福できたが、後輩のヒロシが熊本弁を用いたネタで受けていたことは、博多弁漫才を売りにしていた彼らに大きなショックを与えたとも語っている。福岡で仕事がないため上京したはずのヒロシが凱旋した際、福岡時代には見たことも無いくらい受けていたことから「一回、東京のフィルターを通して東京で売れたという肩書きがあると、こんなに違うもんだと、実感した」と、東京進出を決意させた。当時福岡で一緒に番組に出ており、二人の芸や人柄に触れた氷川きよしも、「福岡にいてはもったいない」という表現で東京行きを勧めていた。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見た原西孝幸

    大吉の休業が明けた1998年4月からは『とことんサンデー』と同じ時間帯に同じコンセプトの番組『Hi-Ho!』が開始。しかし、その間に福岡で『吉本超合金』のネット放送が開始され、さらに大阪の芸人が福岡の劇場に出演し始めたことで「大阪の笑い」が福岡に入るようになり、大吉曰く「化けの皮が剥がれる」形で人気が低迷していった。吉本超合金のメインであったFUJIWARAの藤本敏史、原西孝幸や 2丁拳銃の小堀裕之、川谷修士の4人やゲストで活躍していた礼二(中川家)、千原ジュニアらには福岡でも熱狂的なファンがつくようになり、推しメンに失礼になるからと劇場では彼ら以外のお笑いでは笑ってはいけないみたいな空気が支配していくのを感じたという。今まで、博多華丸・大吉のネタで笑ってくれていたお客さんが、全然、笑わなくなった、という。そういう現実をまざまざと見せつけられたためFUJIWARAや2丁拳銃には今でも、劣等感みたいなものがあるという。そんな福岡ではあんなに笑いをとるFUJIWARAが、めちゃ×2イケてるッ!ではスベリキャラの様な扱われ方をされている姿を見て、大吉は全国放送に畏怖を感じていたという。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見た川谷修士

    大吉の休業が明けた1998年4月からは『とことんサンデー』と同じ時間帯に同じコンセプトの番組『Hi-Ho!』が開始。しかし、その間に福岡で『吉本超合金』のネット放送が開始され、さらに大阪の芸人が福岡の劇場に出演し始めたことで「大阪の笑い」が福岡に入るようになり、大吉曰く「化けの皮が剥がれる」形で人気が低迷していった。吉本超合金のメインであったFUJIWARAの藤本敏史、原西孝幸や 2丁拳銃の小堀裕之、川谷修士の4人やゲストで活躍していた礼二(中川家)、千原ジュニアらには福岡でも熱狂的なファンがつくようになり、推しメンに失礼になるからと劇場では彼ら以外のお笑いでは笑ってはいけないみたいな空気が支配していくのを感じたという。今まで、博多華丸・大吉のネタで笑ってくれていたお客さんが、全然、笑わなくなった、という。そういう現実をまざまざと見せつけられたためFUJIWARAや2丁拳銃には今でも、劣等感みたいなものがあるという。そんな福岡ではあんなに笑いをとるFUJIWARAが、めちゃ×2イケてるッ!ではスベリキャラの様な扱われ方をされている姿を見て、大吉は全国放送に畏怖を感じていたという。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見た大木こだま・ひびき

    2014年、再び『THE MANZAI』に出場。2013年の年末に二人がビートたけしと共演した際、たけしから「なんであんちゃん達(大会に)出ないの?」と問いかけられ、華丸が「ですよね」と答えてしまったため、出場せざるを得ないと判断した。大木こだまなどの先輩芸人も、二人の大会出場を後押ししたという。認定漫才師に選抜され、本戦サーキットを6位で通過し決勝大会に進出する。一回戦はワイルドカード枠で出場した三拍子の4票に対し6票を獲得して競り勝った。三拍子のネタがかなり受けていたため自身は敗戦を悟っており、勝利決定の瞬間には大吉が思わず「(2本目のネタ合わせをしていないため)まずい」と言ってしまったほどの意外な最終決戦進出であったという。最終決戦では得意ネタである「宴会の抜け出し方」を一回戦のネタも絡めて披露した。このネタを選んだのは客層を考えた上での大吉の独断であったが、アキナ、トレンディエンジェルを相手に10票中9票獲得する快勝で、優勝に輝いた。出場のきっかけを作ったたけしは「俺は(華丸・大吉の)ファンだから」と述べ、放送後の記者会見では若手芸人と華丸・大吉の違いを流行りの食堂と老舗の名店の味に例えて讃えた。番組の最後は、大吉が「この予選に出ていない方も僕らの先輩たちも、本当に面白い漫才師さんは劇場にいますので、是非皆さん劇場に足を運んでください」と締めくくった。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見たビートたけし

    2011年、コンクール形式としては第1回となる『THE MANZAI』に出場。本人達は「若手の大会だから」出ないつもりであったが、西川きよし、今いくよ・くるよらから説得され出場を決意した。予選を勝ち抜き認定漫才師50組に選抜され、本戦サーキットを13位で通過し決勝大会に進出する。「(大会最高顧問ビートたけしに)“あんちゃん達面白いね”と、その言葉だけ頂けるように頑張ります」と臨み、一回戦で「乾杯の挨拶」のネタを披露したが、福岡吉本の後輩であり自らも評価していたパンクブーブーに大差で敗れる。獲得したのは関根勤からの一票のみだったが、ビートたけしが「華丸・大吉にもっと(票が)入ってもよかったんじゃないか」とコメントし、「泣きそうです」と応えた。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見た氷川きよし

    2005年4月に、3年越しの念願であった東京本社へ移籍。東京進出のきっかけとしては、華丸曰く、先述の元女性職員のアドバイスに「背中を押していただいた」ことや、華丸の長女が小学校入学を控えており、就学中の転居を避けたかったことがあったという。また同期の竹山隆範がカンニングとして全国区でブレイクした時は、かつての同期である事やネタも標準語主体であったことから祝福できたが、後輩のヒロシが熊本弁を用いたネタで受けていたことは、博多弁漫才を売りにしていた彼らに大きなショックを与えたとも語っている。福岡で仕事がないため上京したはずのヒロシが凱旋した際、福岡時代には見たことも無いくらい受けていたことから「一回、東京のフィルターを通して東京で売れたという肩書きがあると、こんなに違うもんだと、実感した」と、東京進出を決意させた。当時福岡で一緒に番組に出ており、二人の芸や人柄に触れた氷川きよしも、「福岡にいてはもったいない」という表現で東京行きを勧めていた。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見た西川きよし

    2011年、コンクール形式としては第1回となる『THE MANZAI』に出場。本人達は「若手の大会だから」出ないつもりであったが、西川きよし、今いくよ・くるよらから説得され出場を決意した。予選を勝ち抜き認定漫才師50組に選抜され、本戦サーキットを13位で通過し決勝大会に進出する。「(大会最高顧問ビートたけしに)“あんちゃん達面白いね”と、その言葉だけ頂けるように頑張ります」と臨み、一回戦で「乾杯の挨拶」のネタを披露したが、福岡吉本の後輩であり自らも評価していたパンクブーブーに大差で敗れる。獲得したのは関根勤からの一票のみだったが、ビートたけしが「華丸・大吉にもっと(票が)入ってもよかったんじゃないか」とコメントし、「泣きそうです」と応えた。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

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    博多華丸・大吉から見たFUJIWARA

    大吉の休業が明けた1998年4月からは『とことんサンデー』と同じ時間帯に同じコンセプトの番組『Hi-Ho!』が開始。しかし、その間に福岡で『吉本超合金』のネット放送が開始され、さらに大阪の芸人が福岡の劇場に出演し始めたことで「大阪の笑い」が福岡に入るようになり、大吉曰く「化けの皮が剥がれる」形で人気が低迷していった。吉本超合金のメインであったFUJIWARAの藤本敏史、原西孝幸や 2丁拳銃の小堀裕之、川谷修士の4人やゲストで活躍していた礼二(中川家)、千原ジュニアらには福岡でも熱狂的なファンがつくようになり、推しメンに失礼になるからと劇場では彼ら以外のお笑いでは笑ってはいけないみたいな空気が支配していくのを感じたという。今まで、博多華丸・大吉のネタで笑ってくれていたお客さんが、全然、笑わなくなった、という。そういう現実をまざまざと見せつけられたためFUJIWARAや2丁拳銃には今でも、劣等感みたいなものがあるという。そんな福岡ではあんなに笑いをとるFUJIWARAが、めちゃ×2イケてるッ!ではスベリキャラの様な扱われ方をされている姿を見て、大吉は全国放送に畏怖を感じていたという。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

  • 博多華丸・大吉

    博多華丸・大吉から見たトレンディエンジェル

    2014年、再び『THE MANZAI』に出場。2013年の年末に二人がビートたけしと共演した際、たけしから「なんであんちゃん達(大会に)出ないの?」と問いかけられ、華丸が「ですよね」と答えてしまったため、出場せざるを得ないと判断した。大木こだまなどの先輩芸人も、二人の大会出場を後押ししたという。認定漫才師に選抜され、本戦サーキットを6位で通過し決勝大会に進出する。一回戦はワイルドカード枠で出場した三拍子の4票に対し6票を獲得して競り勝った。三拍子のネタがかなり受けていたため自身は敗戦を悟っており、勝利決定の瞬間には大吉が思わず「(2本目のネタ合わせをしていないため)まずい」と言ってしまったほどの意外な最終決戦進出であったという。最終決戦では得意ネタである「宴会の抜け出し方」を一回戦のネタも絡めて披露した。このネタを選んだのは客層を考えた上での大吉の独断であったが、アキナ、トレンディエンジェルを相手に10票中9票獲得する快勝で、優勝に輝いた。出場のきっかけを作ったたけしは「俺は(華丸・大吉の)ファンだから」と述べ、放送後の記者会見では若手芸人と華丸・大吉の違いを流行りの食堂と老舗の名店の味に例えて讃えた。番組の最後は、大吉が「この予選に出ていない方も僕らの先輩たちも、本当に面白い漫才師さんは劇場にいますので、是非皆さん劇場に足を運んでください」と締めくくった。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

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    博多華丸・大吉から見た明石家さんま

    2016年1月9、10両日には、福岡・キャナルシティ劇場にて「博多華丸・大吉結成25周年ライブ」を開催。岡村隆史(ナインティナイン)などコンビにゆかりのある多数の芸人がゲストで登場したほか、タモリ、明石家さんま、ビートたけしらがビデオメッセージで祝福、25周年に花を添えた。博多華丸・大吉 フレッシュアイペディアより)

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