130件中 71 - 80件表示
  • 和田一浩

    和田一浩から見たナゴヤドーム

    1000試合出場:2008年5月17日、対横浜ベイスターズ7回戦(ナゴヤドーム)、5番・左翼手として先発出場 ※史上427人目和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た横浜スタジアム

    3000塁打:2012年9月30日、対横浜DeNAベイスターズ23回戦(横浜スタジアム)、5回表に王溢正から左越3ラン ※史上51人目和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見たベストナイン (日本プロ野球)

    新たに監督に就任した伊原春樹の勧めでこの年から外野手一本に絞り、5番・左翼手のレギュラーに定着。初めて規定打席に到達し、打率.319、33本塁打、81打点と、定着1年目から中軸打者として申し分ない成績を残し、優勝に貢献した。指名打者部門で初のベストナインを受賞。和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た函館市千代台公園野球場

    アレックス・カブレラの開幕出遅れで、6月まで4番を任された。打率.320、30本塁打、89打点の成績で、3年連続の3割30本80打点を達成。5月30日の対日本ハム戦(函館市千代台公園野球場)で芝草宇宙から本塁打を放ち、通算100本塁打を達成。この年からパ・リーグで開催されたプレーオフでは、第1ステージ第3戦(対日本ハム戦)で、横山道哉からサヨナラ本塁打を放ち、チームを勢い付ける。和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た首位打者 (日本プロ野球)

    春先は絶不調であったが後半戦からは打率.370と一気に追い上げ、シーズン打率.322で初の個人タイトルとなる首位打者を獲得。同時に153安打で最多安打のタイトルも獲得した。パ・リーグの右打者による首位打者獲得はの西武・辻発彦以来12年ぶり。4年連続30本塁打には3本届かなかった。和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た2010年の日本シリーズ

    序盤から打撃が好調で、4月を終えて.376、5月を終えて.358の好成績でシーズン終盤まで打撃成績トップを維持し続けた。また、交流戦の途中から不調のトニ・ブランコに代わり4番を任されるようになった。シーズン終盤に少し調子を落とし首位打者は青木宣親に譲ったものの、最終的に打率.339、37本塁打、93打点とチーム三冠及び西武時代を含めて自己最多本塁打の活躍でチームの4年ぶりの優勝に大きく貢献した。また前年に続き2年連続でシーズン全試合に出場した。クライマックスシリーズ第2ステージの巨人との試合では、第4戦に9回裏3-3の場面で久保裕也からサヨナラ安打を放ち、シリーズMVPに輝いた。日本シリーズでも第2戦・第4戦で猛打賞を記録。第7戦の9回裏、1点ビハインドの場面でロッテの守護神小林宏之から三塁打を放ち、次打者ブランコの一時は同点となる犠飛につなげるなど好調を維持し、7試合で29打数12安打1本塁打6打点と活躍。チームは2勝4敗1分で敗れたが、敢闘選手賞を受賞した。また、自身初となるシーズンMVP及び自身6度目・中日移籍後は初となるベストナイン(外野手部門)に選出された。11月24日の契約更改で、新たに3年総額12億円で契約を結んだ。和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た2004年の日本シリーズ

    後に移籍することになる中日との日本シリーズでは、打率.310、4本塁打、6打点で12年ぶりの日本一に貢献し、優秀選手に選ばれた。和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見たオールスターゲーム (日本プロ野球)

    オールスターゲーム新人賞 (2003年)和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た福岡ドーム

    初安打:1997年5月7日、対福岡ダイエーホークス3回戦(福岡ドーム)、7回表に倉野信次から和田一浩 フレッシュアイペディアより)

  • 和田一浩

    和田一浩から見た右翼手

    前年より成績を上げ、打率.346、30本塁打、89打点を記録。自己最高の出塁率.428、長打率.632を叩き出した。また柴田博之が出場する際には中堅手や右翼手としても起用された。この年から4年連続で外野手部門でベストナインを受賞。和田一浩 フレッシュアイペディアより)

130件中 71 - 80件表示

「和田一浩」のニューストピックワード