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  • 川原寺

    川原寺から見た唐招提寺唐招提寺

    昭和32年から34年(1957 - 1959年)に実施された発掘調査で、川原寺の伽藍配置は一塔二金堂式の特異なものであったことが判明し、「川原寺式伽藍配置」と称されている。川原寺では中門左右から出た廻廊が伽藍中心部を方形に区切り、廻廊の北辺中央に中金堂が位置する。廻廊で囲まれた区画内には中金堂の手前右(東)に五重塔、西に西金堂が建つ。廻廊内に仏堂と塔が左右に並んで建つ点は法隆寺西院伽藍と類似するが、法隆寺金堂が南を正面とするのに対し、川原寺西金堂は東を正面とし、塔のある方向に向いて建てられている点が異なる。発掘調査の結果によれば、西金堂は現存する唐招提寺金堂と同様に正面を吹き放ち(建具や壁を入れずに開放とする)とした建築であり、中金堂は正面三間×側面二間(「間」は柱間の数を意味する)の母屋の四方に吹き放ちの庇をめぐらした開放的な建物であったことがわかっている。これらの建物は後にことごとく失われ、礎石のみが残っている。中で、中金堂の礎石には他に類例のない大理石の礎石が使用されている点が注意される(寺伝では瑪瑙と記しているが、これは誤りである)。また、川原寺から出土する創建時の瓦は「複弁蓮花文瓦」と呼ばれる、8枚の花びらのそれぞれを2つに分けた形式の複雑なデザインのもので、これが以後の瓦文様の主流となった。川原寺 フレッシュアイペディアより)

  • 如宝

    如宝から見た唐招提寺唐招提寺

    孤児であったが、唐の律宗の僧鑑真に拾われて師事し、鑑真とともに754年(天平勝宝6年)日本へ来朝し、東大寺戒壇院で受戒している。一時下野薬師寺に住したこともあるが、鑑真の死によりその委嘱によって唐招提寺に戻ってそこに住し、伽藍の造営と律宗の高揚に尽力した。797年(延暦16年)に律師、806年(大同元年)に少僧都に任じられた。「日本後紀」の卒伝によれば、戒律を厳守し、大国の風格があったという。如宝 フレッシュアイペディアより)

  • 坂上石楯

    坂上石楯から見た唐招提寺唐招提寺

    宝亀10年(779年)5月1日に、妻の紀朝臣多継、息子の坂上忌寸氏成、娘の秋穂の三人が、故父石楯の厚恩に報じるために、大般若波羅蜜多経1部600巻を写経して納めた。このうちの巻176が唐招提寺に残り、跋語によってその事情が伝わっている。また、このことから、宝亀10年(779年)までに没したことがわかる。坂上石楯 フレッシュアイペディアより)

  • 入母屋造

    入母屋造から見た唐招提寺唐招提寺

    ファイル:Toshodaiji Temple Raido.JPG|唐招提寺礼堂入母屋造 フレッシュアイペディアより)

  • 梵天

    梵天から見た唐招提寺唐招提寺

    日本における梵天・帝釈天一対像としては、東大寺法華堂(三月堂)乾漆像、法隆寺旧食堂塑像、唐招提寺金堂木像などが奈良時代に遡る遺例として知られ、奈良・興福寺には鎌倉時代作の像がある。これらの像はいずれも二臂の、普通の人間と同じ姿で表され、頭には宝髻を結って、手には払子や鏡、柄香炉を持つなど、唐時代の貴人の服装をしている。梵天 フレッシュアイペディアより)

  • 龍穴

    龍穴から見た唐招提寺唐招提寺

    古来より陰陽道では露出した活断層は把握されており、遷都・神社を建立するに際して、その土地の構造(活断層や山の配置など)を考慮し陰陽重ならぬ土地が龍穴として選定された。不思議なことに日本国内のほとんどの大きな龍穴とされる場所には、古社が鎮座するなどしており、またその土地は天変地異とは無縁だという。伊勢神宮や唐招提寺、日光東照宮なども龍穴とされる。龍穴 フレッシュアイペディアより)

  • 岩野平三郎

    岩野平三郎から見た唐招提寺唐招提寺

    平山郁夫による薬師寺玄奘三蔵院の大唐西域壁画、東山魁夷による奈良唐招提寺御影堂の障壁画群などの用紙を漉いた。現在も多数の日本画家に紙が愛用されている。岩野平三郎 フレッシュアイペディアより)

  • 東日本大震災に対する個人・その他各種団体の支援活動

    東日本大震災に対する個人・その他各種団体の支援活動から見た唐招提寺唐招提寺

    東大寺、興福寺、薬師寺、唐招提寺、西大寺、法隆寺ら複数の寺院でつくる南都隣山会は3月29日、日本赤十字社奈良県支部に義援金500万円を届けた。更に東大寺は銀行より1億円を借り入れ、全額を義援金に充てると発表した。東日本大震災に対する個人・その他各種団体の支援活動 フレッシュアイペディアより)

  • 一乗院

    一乗院から見た唐招提寺唐招提寺

    有名な門跡寺院であったが、廃仏毀釈により廃絶したため現在は存在せず(建物の一部は芳徳寺等の他の寺院に移築されている)、明治期に奈良県庁となり、その後奈良地方裁判所として使用されている。1964年に宸殿が唐招提寺に移築され、国の重要文化財として保存されている。一乗院 フレッシュアイペディアより)

  • 寺社連続油被害事件

    寺社連続油被害事件から見た唐招提寺唐招提寺

    4月11日 - 奈良県の世界遺産春日大社の南門(重要文化財)と唐招提寺の金堂(国宝)で被害が確認された。また、奈良県桜井市の普門院でも被害が確認された。被害は6府県の27箇所となった。寺社連続油被害事件 フレッシュアイペディアより)

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