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  • 後藤光尊

    後藤光尊から見た坂口智隆坂口智隆

    は屋外球場で新旧の応援歌が交互で演奏されるように変更された。開幕直後は不振だったが5月から徐々に復調。7月5日の対日本ハム戦で稲葉篤紀の打球を好捕した際に右肩を地面に強打し、右肩鎖関節脱臼と診断され戦線離脱し、8月10日の対ロッテ戦で復帰。復帰後は故障前以上に打ち、9月には5番に座る機会も増え月間21打点を記録した。同年は初めて規定打席に到達し、115試合に出場して14本塁打、57打点を記録し、前年まで苦手としていたサウスポーに対して打率.303を記録するなど打率、本塁打、打点はチームの日本人選手中最高の成績を収めた。また、リーグ4位の二塁打と盗塁(坂口智隆と同数)はチームトップの記録だった。同年オフ、5月にコリンズ監督が辞任して空き番号となっていた背番号1を再び着用する事を発表。後藤光尊 フレッシュアイペディアより)

  • 大村直之

    大村直之から見た坂口智隆坂口智隆

    は開幕戦のスターティングメンバーこそ外れたが、4月・5月と3割を大幅に上回る打率を残す程の好調で、対照的に不振だった坂口智隆に代わって1番打者を務めた。しかし、6月以降は月間打率が軒並み2割半ばまで調子を落とし、復調した坂口に1番打者を明け渡す。自身は3番や5番・6番など様々な打順起用が目立った。最終的には119試合に出場して2年ぶりに規定打席に到達し、リーグ12位の打率.291を記録した。守備では開幕当初は主に右翼手での出場だったが、5月中旬からは左翼手に専属して出場していた。規定打席に達し、打率.291という成績だったが、契約更改では5000万円減の7000万でサインし、チームに日本人の1億円プレーヤーがいなくなった。大村直之 フレッシュアイペディアより)

  • 小瀬浩之

    小瀬浩之から見た坂口智隆坂口智隆

    試合後のヒーローインタビューなどではノリの良さが垣間見られ、ユニークな発言を連発していた。アレックス・カブレラが後ろにいたのに気が付かず、突然もみあげを引っ張られ、「痛っ!」と叫んでチームメイトらに大笑いされるなど、オリックスの選手たちの間ではいじられキャラとしてよく登場していた。特に、年の近い大引啓次・坂口智隆と仲が良く、ファン感謝祭では3人で羞恥心のパロディとして「Bs羞恥心」を結成し、踊りを披露していた。小瀬浩之 フレッシュアイペディアより)

  • 福山市民球場

    福山市民球場から見た坂口智隆坂口智隆

    2010年(平成22年)6月7日に開催されたセ・パ交流戦・広島対オリックス・バファローズ4回戦の6回表、オリックスは一死一塁から坂口智隆の二塁内野安打を皮切りに、再び坂口が左前安打を放つまで10者連続安打を記録するなど一挙8点を挙げた。同日、この直前には千葉ロッテマリーンズも10者連続安打を記録しており、両チームが揃って1イニング最多連続打席安打のプロ野球記録を更新した。試合は乱打戦の末に21-10でオリックスが勝利したが、両チームの総得点31、総安打43はいずれもセ・パ交流戦最多記録となった。両チームは交流戦初年度の2005年にもスカイマークスタジアムで14-16(この時は広島が勝利)という大乱戦を演じている。福山市民球場 フレッシュアイペディアより)

  • 黄志龍 (野球)

    黄志龍 (野球)から見た坂口智隆坂口智隆

    初奪三振:同上、1回裏に坂口智隆から黄志龍 (野球) フレッシュアイペディアより)

  • 大引啓次

    大引啓次から見た坂口智隆坂口智隆

    も前年同様に二番・遊撃手として開幕戦に出場。開幕直後は高打率を残すも、緩やかに調子を落としていくが、坂口智隆や後藤の打撃不振もあって、5月5日の日本ハム戦ではプロ入り後初の一番打者、5月19日の対東京ヤクルトスワローズ戦では初の三番打者を務めた。8月に入ると更に調子を落とし、8月29日に腰痛のため登録抹消。シーズン終盤に一軍に復帰したが、結局は規定打席に14不足した。一方で、自己最多の6本塁打を放っており、本拠地である京セラドーム大阪では前年までの5年間で2本塁打しか放っていなかったが、この年だけで4本塁打を記録している。また、7月27日の日本ハム戦では自身初の右方向への本塁打を、7月8日のロッテ戦と10月1日の楽天戦では決勝本塁打を記録している。オフには引退した鈴木郁洋に代わって選手会長に就任したが、1月25日に八木智哉・糸井嘉男との交換トレードで、木佐貫洋・赤田将吾とともに日本ハムに移籍した。背番号は糸井の7を受け継いだ。なお日本ハムおよびその前身球団の背番号7を内野手登録の選手が使用するのは西園寺昭夫(1957年 - 1966年)以来で、47年ぶりである。大引啓次 フレッシュアイペディアより)

  • 中村一生

    中村一生から見た坂口智隆坂口智隆

    は開幕二軍スタートとなったが、5月17日の対巨人戦で坂口智隆が試合中に負傷したのを受け、5月19日に一軍登録。一軍昇格後は代走・守備要員、相手投手が左投手時のスタメンとして出場機会を得た。外野手のバックアップとしてシーズン終盤まで帯同し、中日時代の通算26試合を上回る62試合に出場した。打撃では60打席中4割に相当する24三振を喫して打率.204に留まったが、中日時代を上回る11安打6打点を記録し、5月23日の対阪神戦では岩田稔から3年ぶりの本塁打、5月31日の古巣・中日戦では3番でスタメン出場を果たして同点の犠飛を放つ活躍もあった。中村一生 フレッシュアイペディアより)

  • 根本朋久

    根本朋久から見た坂口智隆坂口智隆

    初奪三振:2008年4月19日、対オリックス・バファローズ4回戦(東京ドーム)、5回裏に坂口智隆から根本朋久 フレッシュアイペディアより)

  • 森内壽春

    森内壽春から見た坂口智隆坂口智隆

    初奪三振:2012年4月4日、対オリックス・バファローズ2回戦(札幌ドーム)、6回表に坂口智隆から森内壽春 フレッシュアイペディアより)

  • 秋本真吾

    秋本真吾から見た坂口智隆坂口智隆

    オリックス・バファローズの坂口智隆とはTシャツを交換するなど仲が良い。秋本真吾 フレッシュアイペディアより)

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