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埼玉県から見た県庁
旧埼玉県(現在の埼玉県の東側3分の1)の設置当初、県庁が埼玉郡岩槻町(現:さいたま市岩槻区)に置かれる予定であったため、その郡名から埼玉県と名付けられた。ただし、当時の岩槻には県庁として使用するために適した建物がなかったため、県庁業務は北足立郡浦和宿(現:さいたま市浦和区)にある旧浦和県庁舎で行われた。一方、現在の埼玉県の西側3分の2に当たる地域は入間県となり、その後、群馬県と合併して熊谷県となるも僅か3年で熊谷県は解消され、旧入間県地域は旧埼玉県と合併した。その際に、埼玉県の名称のまま県庁所在地も浦和宿となったため、岩槻町が実質的な県庁として機能することはなかった。1890年(明治23年)9月25日には、勅令により正式に浦和町が県庁所在地となった。(埼玉県 フレッシュアイペディアより)
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埼玉県から見たライトレール
また、埼玉県の諸都市の特徴のひとつに、同等の人口を持つ自治体が多数存在することが挙げられる。県全体の人口は全国で5位と高位でありながら、合併によってさいたま市が誕生するまで、50万人都市は存在しなかった(さいたま市の合併時である2001年当時浦和市約48万人、川口市約46万人、大宮市約45万人)。県庁は浦和市にあり、小売業売り上げベースでは埼玉県で最大の乗客数を誇る大宮駅を擁する大宮市が優位で、市制施行は川越市が最も早かった。一方、2001年に浦和市・大宮市・与野市の合併で100万都市である「さいたま市」が成立し(その後岩槻市を2005年に編入)、「双子都市の合併」と言われる状況ながら政治・経済共に中心と呼べる自治体区域が誕生した。国などの関東地方出先機関が集まるさいたま新都心も造成されたことで、東京のベッドタウンから関東地方において独自の重要性を持つ地域になりつつある。現在こうした県東西の移動・交流の活発化、既存交通網の混雑緩和を狙った「東西交通大宮ルート」と「東西交通県南ルート」と呼ばれる2つのLRT整備計画が検討されている。「東西交通大宮ルート」は、所沢-上福岡-大宮、大宮-さいたま新都心-浦和美園、浦和美園-越谷-吉川の3区間で構成される。大宮-浦和美園区間の11.4kmについては、2015年の開業を目指して調査・検討がなされている。また、東西交通県南ルートは川口-南鳩ヶ谷-草加の8.9kmとなっている。(埼玉県 フレッシュアイペディアより)
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