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  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た軽便鉄道法

    その後の延長工事のため、1916年(大正5年)2月27日に田面沢 - 川越間軽便鉄道の旅客営業を廃止し、1916年(大正5年)川越町 - 坂戸町間5.7マイル (9.2km) が開通するや同日川越 - 田面沢間は廃止となった。東武鉄道から客車3両が譲渡された。1918年(大正7年)3月それまで私設鉄道法によって運営された区間は以後、軽便鉄道法による旨指定され、また時節第一次世界大戦の影響で物価は急騰し東武・東上両鉄道の営業費が増加したため、両社を合併し、営業上の経費節減と車両の運用諸設備の更新などを図るために1920年(大正9年)4月7日両社長間で合併の仮契約を結び、同年4月27日に開業線池袋 - 坂戸町40.6kmと未開業線坂戸町 - 高崎間62.8kmのすべての一切をあげて東武鉄道と合併した。同年7月に東武鉄道と東上鉄道の合併登記と引き継ぎが完了して東武鉄道東上本線となった。合併に際しては東上鉄道の1株当たり東武鉄道の1株を割り当てる5:5の対等合併で東上鉄道は解散となった。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た東松山市

    1908年(明治41年)10月6日、東京府北豊島郡巣鴨町(現・東京都豊島区巣鴨) - 埼玉県入間郡川越町(現・埼玉県川越市) - 比企郡松山町(現・埼玉県東松山市) - 児玉郡児玉町(現・埼玉県本庄市)および群馬県高崎市を経て群馬県群馬郡渋川町(現・群馬県渋川市)に至る鉄道の敷設仮免許を受け、1911年(明治44年)11月11日に東上鉄道創立総会を開き取締役社長に根津嘉一郎が就き、本社を東京府東京市本所区小梅瓦町(現: 東京都墨田区押上1丁目)の東武鉄道本社に置いた。資本金は450万円。実際の東上鉄道本社は川越に置かれたが、根津嘉一郎が東上鉄道の経営に乗り出すと本社登記地のみ押上の東武鉄道本社に変更された。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た直通運転

    都市高速鉄道13号線は、渋谷 - 池袋 - 小竹向原 - 和光市 - 志木間を結ぶ路線として計画され、これに基づき小竹向原 - 和光市 - 志木間が先行して整備・開業し(小竹向原 - 和光市: 東京地下鉄、和光市 - 志木: 東武東上線複々線)、地下鉄8号線(新木場 - 有楽町 - 池袋 - 小竹向原)と合わせて有楽町線と呼ばれていた。東上線は、和光市駅から東京メトロ有楽町線・副都心線(また、副都心線を介して東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線)へ相互直通運転を行っており、小竹向原・飯田橋・有楽町・新木場(有楽町線)方面、新宿三丁目・渋谷(副都心線)方面、自由が丘・横浜(東急東横線)方面、みなとみらい・「元町・中華街」(みなとみらい線)方面へ乗り入れている。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た石灰石

    小川町駅 - 根古屋駅。石灰石運搬用の貨物線。1926年(大正15年)開通。1967年(昭和42年)4月1日廃止。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た大里郡

    東上本線(とうじょうほんせん)とは、東京都豊島区の池袋駅から埼玉県大里郡寄居町の寄居駅までを結ぶ東武鉄道の鉄道路線。越生線とともに東上線(路線群)を構成する。ラインカラーは紺色、駅ナンバリングの路線記号はTJ。旅客案内上はこの路線単体を東武東上線あるいは東上線と呼ぶことがほとんどである。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た下赤塚駅

    12月29日: 下赤塚駅開業。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た小出町

    計画当時は、「氷川・池袋・練馬・白子(現・和光市)・膝折(現・朝霞市)・大和田(現・新座市)・竹間沢(現・入間郡三芳町)・大井(現・ふじみ野市)・川越・小坂・松山(現・東松山市)・菅谷(現・嵐山町)・能増(現・小川町)・今市・小前田(現・寄居町)・児玉(現・本庄市)・藤岡・山名・飯塚(現・高崎市)・金古・渋川・棚下・沼田・真庭・湯原・綱子・万太郎・土樽・湯沢・塩沢・六日町(現・南魚沼市)・浦佐・小出(現・魚沼市)・堀内・十日市・長岡」として氷川 - 渋川間を第一期線、渋川 - 長岡間を第二期線としていた。川越・児玉往還(東京 - 高崎)、三国街道(現国道17号。高崎以遠)と旧街道筋に沿って敷設する計画であったことが分かる。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た地下鉄成増駅

    1987年(昭和62年)8月25日: 和光市駅 - 志木駅間複々線化。これに伴い埼玉県内の成増駅 - 志木駅間で完全立体化とし同区間の踏切を除去。 営団地下鉄(現・東京地下鉄)有楽町線営団成増駅(現・地下鉄成増駅) - 和光市駅間開通、相互直通運転開始(森林公園駅 - 和光市駅 - 新富町駅間)。通勤急行を新設し、急行とともに和光市駅に停車。日中の急行が毎時4本、準急が毎時2本となる。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た中板橋駅

    池袋駅 - 成増駅間ではすべての列車が上板橋駅または中板橋駅で次発の速達列車の通過待ちを行う。ただし、平日朝ラッシュ時の上り列車、夕方以降の一部列車(上下線とも)は一列車につき上板橋駅・中板橋駅の両駅で通過待ちをする。また、日中の川越市駅発着は、成増駅で快速に、ふじみ野駅では急行(池袋発着)と緩急接続を行う。また、TJライナーが発車する直前に池袋駅を発車する普通列車は、中板橋駅でTJライナーと準急(もしくは急行)の2本の通過待ちを行う。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

  • 東武東上本線

    東武東上本線から見た名細村

    計画当時は、「氷川・池袋・練馬・白子(現・和光市)・膝折(現・朝霞市)・大和田(現・新座市)・竹間沢(現・入間郡三芳町)・大井(現・ふじみ野市)・川越・小坂・松山(現・東松山市)・菅谷(現・嵐山町)・能増(現・小川町)・今市・小前田(現・寄居町)・児玉(現・本庄市)・藤岡・山名・飯塚(現・高崎市)・金古・渋川・棚下・沼田・真庭・湯原・綱子・万太郎・土樽・湯沢・塩沢・六日町(現・南魚沼市)・浦佐・小出(現・魚沼市)・堀内・十日市・長岡」として氷川 - 渋川間を第一期線、渋川 - 長岡間を第二期線としていた。川越・児玉往還(東京 - 高崎)、三国街道(現国道17号。高崎以遠)と旧街道筋に沿って敷設する計画であったことが分かる。東武東上本線 フレッシュアイペディアより)

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