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    大島康徳から見た中西清起

    300本塁打:1986年8月15日、対阪神タイガース20回戦(ナゴヤ球場)、6回裏に中西清起から3ラン ※史上18人目大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見た松本匡史

    ベストナインを1度も受賞していない。通算2000安打以上を記録しながらベストナイン選出がないのは大島と松原誠の2人だけ。1979年には一塁手として打撃3部門全てにおいて王貞治を上回ったにもかかわらず、その王にタイトルを持っていかれ、1983年には外野手として本塁打王を獲得したのに受賞できなかった(受賞者は本塁打王を分け合った山本浩二、盗塁王の松本匡史、最多安打の田尾安志)。大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見た宮城弘明

    200本塁打:1983年4月29日、対ヤクルトスワローズ3回戦(明治神宮野球場)、6回表に宮城弘明からソロ ※史上39人目大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見た藤王康晴

    300二塁打:1990年9月9日、対近鉄バファローズ26回戦(宇都宮清原球場)、6回裏に藤王康晴の代打で出場、石本貴昭から右中間適時二塁打 ※史上29人目大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見た高橋憲幸

    日本ハム監督時代、投手交代をしにマウンドへ行くも集まった選手たちと談笑、すっかり気を良くした大島は投手交代を審判に告げずそのままベンチへ戻ってしまう(投手交代を告げる場合、フェアゾーンからファウルラインを超えてしまうと次の打者まで投手交代することができない)。ベンチのコーチから投手交代について問われ、交代を告げ忘れたことに気付いた大島は舌を出してとぼけた。そしてマウンドにいる高橋憲幸にベンチから「(そのまま)行けー!」と指示。結果高橋はランナー3塁の場面から二者連続三振に仕留めた。この一連のやり取りは珍プレーとして取りあげられ、特に勇者のスタジアムでは2年連続で放送された。大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見た小野和義

    3500塁打:1991年6月1日、対近鉄バファローズ4回戦(水戸市民球場)、1回裏に小野和義から左前安打 ※史上17人目大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見たフレッシュオールスターゲーム

    ジュニアオールスターゲームMVP:1回(1970年)大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見たトレード

    に西武ライオンズからトレード要請があったが、マスコミに漏れてしまい破談となる。しかしオフ、監督の星野仙一のチーム改革により、田中富生・大宮龍男との交換で日本ハムファイターズへ曽田康二とともに移籍。星野の意向で球団から功労金をもらっている。すでに37歳であったが、日本ハムでは一塁手としての起用が多く、チームの得点力不足もあって主軸として活躍し、8月21日の対オリックス・ブレーブス戦で佐藤義則からタイムリー2塁打を打ち2000安打を達成。39歳10ヶ月での達成は当時最年長記録で、到達までに要した試合数2290も当時最長記録だった。なお、1・2年目ともに出場試合数ゼロでの達成は史上初である。大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見たアウト×デラックス

    2月26日放送のフジテレビの番組「アウト×デラックス」に、息子でNSC大阪37期生(当時)の大島雅斗が出演した際、息子から電話で「NMB48のCDを借金して買っている」と告白されて「もし本当だったら殺すよ?」と激怒した。しかし3月5日放送分では大島自身も番組に出演して息子と話し合い、「(NMB48は)難波にAKB48の仲間みたいのがいて」と説明されると、「AKB48はお父さんも知ってるよ。あっちゃん可愛いよ」と前田敦子ファンであることを告白。自身が大島姓なのに(大島優子ではなく)前田推しであることでアウトを宣告された。さらに今現役選手だったらテーマソングは何にするかと聞かれ、「ヘビーローテーション」と答えようとして「バイブレーション」と答えている。大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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    大島康徳から見た東京ヤクルトスワローズ

    初出場・初先発出場:1971年6月17日、対ヤクルトアトムズ8回戦(中日スタヂアム)、7番・三塁手で先発出場大島康徳 フレッシュアイペディアより)

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