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  • 井上雄介

    井上雄介から見た大引啓次大引啓次

    初奪三振:2010年7月1日、対オリックス・バファローズ12回戦(京セラドーム大阪)、7回裏に大引啓次から井上雄介 フレッシュアイペディアより)

  • 法政大学野球部

    法政大学野球部から見た大引啓次大引啓次

    大引啓次 - 遊撃手・2006年度主将、浪速高出身 / 六大学歴代4位の安打数。首位打者2度。世界大学野球日本代表。法政大学野球部 フレッシュアイペディアより)

  • 後藤光尊

    後藤光尊から見た大引啓次大引啓次

    の開幕当初は同年から加入したグレッグ・ラロッカが三塁手に、新人の大引啓次が遊撃手で起用された。しかし、阿部が故障で離脱した4・5月には二塁手、ラロッカが離脱した6月には三塁手、シーズン終盤に大引が打撃不振に陥ると遊撃手として出場し、穴を埋めた。9月17日の対ロッテ戦では延長戦に入って外野手を全員使い切ったため、プロ入り後初めて公式戦で左翼手を務めた。その時の心境について「練習はしていたけれど、ビックリした。けど、1球ぐらい捕りたかった。(守備機会は無かったため)」とコメントしている。序盤は打率2割台前半に停滞していた打撃は終盤に復調し、9月にはほぼ全試合に出場した。同じ守備位置、打順で6試合以上連続してスタメン起用されない中で自己最多の107試合に出場、初の2桁本塁打、チーム4位の34打点を挙げた。同年も1、3、4番以外の打順でスタメン出場した。後藤光尊 フレッシュアイペディアより)

  • 小瀬浩之

    小瀬浩之から見た大引啓次大引啓次

    試合後のヒーローインタビューなどではノリの良さが垣間見られ、ユニークな発言を連発していた。アレックス・カブレラが後ろにいたのに気が付かず、突然もみあげを引っ張られ、「痛っ!」と叫んでチームメイトらに大笑いされるなど、オリックスの選手たちの間ではいじられキャラとしてよく登場していた。特に、年の近い大引啓次・坂口智隆と仲が良く、ファン感謝祭では3人で羞恥心のパロディとして「Bs羞恥心」を結成し、踊りを披露していた。小瀬浩之 フレッシュアイペディアより)

  • 後藤武敏

    後藤武敏から見た大引啓次大引啓次

    法政大学では東京六大学2年春のリーグ戦で打率.445・2本塁打・14打点で三冠王を達成。ちなみに前年には同じく法大の廣瀬純が三冠王に輝いており、史上初めて同一チームから2年続けて三冠王を輩出した。続く2年秋のリーグ戦でも首位打者となり、長崎慶一(法大)、広沢克己(明大)に次ぐ史上3人目の2季連続首位打者であり、後藤の後に達成した選手はいない。ちなみに首位打者2回も9人目の最多記録で、のちに鳥谷敬(早大)、大引啓次(法大)、小野寺和也(慶大)が達成している(2011年現在)。後藤武敏 フレッシュアイペディアより)

  • 比嘉幹貴

    比嘉幹貴から見た大引啓次大引啓次

    ルーキーイヤーの2010年は怪我で出遅れるも、シーズン途中に昇格し、リリーフ投手として活躍。9月4日の対ソフトバンク戦では、4点リードを同点にされた直後の5回表2死満塁の場面で登板し、多村仁志を3球三振に討ち取ると、その裏に大引啓次が決勝打を放ったことでプロ初勝利を挙げ、試合後に初のお立ち台に上がった。24試合に登板して防御率1.25、WHIP0.69と抜群の安定感を示し、特に右打者に強く、被打率はわずかに.151に抑えた。比嘉幹貴 フレッシュアイペディアより)

  • 長居

    長居から見た大引啓次大引啓次

    大引啓次 - プロ野球選手、北海道日本ハムファイターズ所属。長居出身。実家は当地の神須牟地神社。長居 フレッシュアイペディアより)

  • 川端崇義

    川端崇義から見た大引啓次大引啓次

    1年目のには、新人野手の中では唯一開幕一軍をつかむと、開幕戦で途中出場して一軍デビューを果たす。この開幕3連戦を終えて登録抹消となったが、二軍戦で11試合に出場して打率.295、10打点の好結果を残した。すると、右翼手が固定できないチーム状況のため、4月21日に一軍再昇格を果たすと、同日に初スタメン・初安打を記録し、以後も順調に安打を積み重ねて一気にレギュラーを奪取した。この頃にT-岡田が左太もも裏の肉離れで登録を抹消したのをうけ、その代役として主に左翼手として出場していた。交流戦に入ると、5月19日の対ヤクルト戦で11回表に満塁走者一掃の決勝適時二塁打を含む3安打2犠打で、全打席で貢献しチームの連敗を6で止め、試合後プロ入り初のお立ち台に上がった。5月22日の対阪神戦で、プロ入り初本塁打を満塁本塁打で記録したが、新人のプロ初本塁打が満塁本塁打の記録は1956年4月11日に米田哲也が記録して以来56年ぶりの球団記録になる。なお、同僚の宮崎祐樹がこの年に初本塁打を初回先頭打者本塁打で記録していたことで、先頭打者本塁打と満塁本塁打により初本塁打を記録した選手が同一年に揃ったのは、史上3例目となった。その後、6月こそ月間打率.140と調子を落としたが、7月は.371、8月は.340とみるみる調子を上げていき、8月18日の対ソフトバンク戦から9月4日の対ロッテ戦にかけて15試合連続安打をマーク。9月3日の対楽天戦での3回表にシーズン100安打を放ち、ドラフト制後では2007年の大引啓次以来、球団史上3人目の新人野手100安打を樹立した。球団新人野手の安打数記録(1985年熊野輝光の114安打)を更新する可能性もあったが、疲労からか9・10月は月間打率.176と大幅に調子を落とし、10月5日の対ソフトバンク戦で大隣憲司から安打を放って熊野とタイ記録に並ぶに留まった。それでも、新人ながら125試合に出場して規定打席に到達し、最下位に低迷するチームにあって奮闘する働きを見せた。川端崇義 フレッシュアイペディアより)

  • 安達了一

    安達了一から見た大引啓次大引啓次

    1年目のは開幕を二軍で迎えたが、5月10日に一軍初昇格。7月7日の対ロッテ戦で初打点・初安打を記録したが、全く安打が出ず打率が.032にまで落ち込むほどの極度の打撃不振に陥った。腰痛を抱える大引啓次に代わって遊撃手として先発出場することもあったが、守っては自身の悪送球から失点を招いたり、走塁では一塁への帰塁の際に二塁ベースを踏み忘れアウトになるミスも犯し、9月17日に二軍降格。9月30日に一軍再昇格すると、10月7日の西武戦で初の猛打賞、翌8日のソフトバンク戦でシーズン最終打点となる適時打を放ち、終盤戦で活躍をみせた。1年目は50試合に出場して打率.159、4打点の成績に終わり、シーズン通して活躍した同期入団の川端崇義とは対照的となった。二軍では34試合の出場で打率.269、2本塁打11打点を記録した。安達了一 フレッシュアイペディアより)

  • 八木智哉

    八木智哉から見た大引啓次大引啓次

    1月25日に木佐貫洋、大引啓次、赤田将吾との交換トレードで糸井嘉男とともにオリックス・バファローズに移籍した。八木智哉 フレッシュアイペディアより)

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