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大木こだま・ひびきから見た島田紳助・松本竜介
また、島田紳助は日本テレビ系の『謎を解け!まさかのミステリー』で「そんな奴おら(へ)んやろ(orおらんがな〜)」を使用したのをきっかけに『行列のできる法律相談所』でもこだまがゲスト出演するまでしょっちゅうネタにしていた。これは、昔NHK上方漫才コンテストの優勝で感涙にむせぶこだま(こだま・ひかり)に向かって、紳竜の優勝を周囲に公言していた紳助が悔しさのあまり「泣くな、ボケ」と暴言を吐いた事を、27年越しに本人にお詫びしたい気持ちから言っていたもの(「第34回上方お笑い大賞」のこだまひびきに対する応援メッセージより)。だが、当のこだまは紳助が苛立ちのあまり花束を床にたたき付けたのを見て「なんでこいつ、こんなに自信満々なんやろ?」と興味を持ち、それから紳竜の漫才に注目していたという。なお『行列のできる法律相談所』(2005年7月3日)、フジテレビ系の『クイズ!ヘキサゴン』(2005年8月17日)にはこだまが登場しており、その後も紳助の番組に時々出演している。(大木こだま・ひびき フレッシュアイペディアより)
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大木こだま・ひびきから見た中田ダイマル・ラケット
1975年に歌手志望東俳タレント養成所に入るも断念し、気晴らしで京都花月の舞台を見に行く。そこで見た中田ダイマル・ラケットの漫才に衝撃を受け、同年11月にダイマル・ラケットの弟子の中田アップ門下で、松竹芸能から中田ネオン・サインの中田ネオンとしてデビュー(つまりダイマル・ラケットの孫弟子にあたる)。翌年解散後、1977年12月に秦欣嗣(古都ころん)と共に古都からん・ころんの古都からんとして活動。1980年に第10回NHK上方漫才コンテスト最優秀話術賞を受賞した。解散後、大木こだま・ひかりを解散して相方を募集していた大木こだまとコンビを組み現在に至る。(大木こだま・ひびき フレッシュアイペディアより)