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    番付から見た潮丸元康

    2009年7月場所の番付で、5月場所限りで引退した十両の潮丸は小野川を経て7月場所前に停年退職した師匠の東関(元関脇高見山)の名跡を継承したが、番付には「潮丸改 東関大五郎」と書かれた。ケースは違うが元横綱・琴櫻も引退の段階では「年寄・白玉」だったが引退発表直後に師匠が急死、急遽、部屋と名跡を継いだため番付では「琴櫻改 佐渡ヶ嶽○○」となっている。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た逆鉾伸重

    1980年(昭和55年)7月場所の番付編成で、福薗(のち逆鉾、現井筒、元関脇鶴ヶ嶺の次男)、鶴嶺山(長男)の史上初、兄弟十両同時昇進が決まった。親子3人関取も史上初。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た寶智山幸勘

    2010年9月場所の番付で、賭博問題に関わり7月場所謹慎処分(全休扱い)となった幕内力士6人が十両陥落となったが、このうち雅山は1977年5月場所の大受以来33年ぶり史上2人目の元大関の十両陥落となった。入れ替わりに十両より9人(昭和以降では最多。新入幕は蒼国来(中国出身としては史上初)と旭南海の2人、再入幕将司ら7人)が入幕となった。新入幕の旭南海は7月場所十両西12枚目で10勝5敗(1888年1月場所、十両が地位として確立して以降、12枚目の位置から入幕するのは初めて)、再入幕の豊桜は同じく十両東11枚目で8勝7敗と、これも賭博問題の余波を受けたとはいえ番付編成の規定上においては幸運な幕内昇進となったが、豊桜と半枚差の西11枚目寶智山は同成績の8勝を挙げながら再入幕は見送られた。同じ再入幕の土佐ノ海(現立川)は38歳6ヵ月という、昭和以降では最年長の再入幕となった。またこの番付で外国出身力士が十両以上で24人、そのうち幕内では19人となり、ともに史上最多となった。逆に三役以上の日本出身力士が3人(大関魁皇、関脇栃煌山、小結稀勢の里)しかおらず、翌11月場所では稀勢の里が平幕に陥落したため、魁皇と栃煌山の2人となり史上最少となった。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た大受久晃

    1977年(昭和52年)5月場所で元大関大受(現朝日山)が十両に陥落したが、元大関の十両陥落は史上初。大受は初日から3連敗の後休場し、8日目に引退を表明した。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た北の湖敏満

    また、1976年(昭和51年)10月に朝日山部屋の相続をめぐっての騒動でトンガ王国出身の幕下以下の力士が廃業に追い込まれた際にも、11月場所の番付では幕下以下のそれぞれの場所が空位とされた。1981年(昭和56年)9月場所番付において、東西の正横綱(北の湖、千代の富士(現九重))が「横綱大関」として番付上大関を兼務、純粋な大関不在の変則番付になったことがある(後述。横綱大関の項目も参照)。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た豊ノ島大樹

    2011年(平成23年)1月場所の番付で、前場所横綱白鵬と優勝決定戦で敗れた豊ノ島は西前頭9枚目で14勝を上げながら新番付では東筆頭に留まった。過去平幕で14勝以上は豊ノ島を含め11人いるが、平幕に留め置かれたのは豊ノ島が史上初。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た稀勢の里寛

    2010年9月場所の番付で、賭博問題に関わり7月場所謹慎処分(全休扱い)となった幕内力士6人が十両陥落となったが、このうち雅山は1977年5月場所の大受以来33年ぶり史上2人目の元大関の十両陥落となった。入れ替わりに十両より9人(昭和以降では最多。新入幕は蒼国来(中国出身としては史上初)と旭南海の2人、再入幕将司ら7人)が入幕となった。新入幕の旭南海は7月場所十両西12枚目で10勝5敗(1888年1月場所、十両が地位として確立して以降、12枚目の位置から入幕するのは初めて)、再入幕の豊桜は同じく十両東11枚目で8勝7敗と、これも賭博問題の余波を受けたとはいえ番付編成の規定上においては幸運な幕内昇進となったが、豊桜と半枚差の西11枚目寶智山は同成績の8勝を挙げながら再入幕は見送られた。同じ再入幕の土佐ノ海(現立川)は38歳6ヵ月という、昭和以降では最年長の再入幕となった。またこの番付で外国出身力士が十両以上で24人、そのうち幕内では19人となり、ともに史上最多となった。逆に三役以上の日本出身力士が3人(大関魁皇、関脇栃煌山、小結稀勢の里)しかおらず、翌11月場所では稀勢の里が平幕に陥落したため、魁皇と栃煌山の2人となり史上最少となった。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た豪栄道豪太郎

    2009年5月場所の番付で新関脇に昇進した豪栄道は、1972年5月場所の前の山以来37年ぶりの大阪府出身の関脇となった。また同場所で幕下優勝を飾り、新十両昇進を決めた?瀬川は、1980年9月場所新十両の若瀬川以来29年ぶりに「川」の付く四股名の関取となった。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た栃乃洋泰一

    2011年6月27日、同年1月場所以来の本場所開催となる7月場所の新番付が発表となったが、幕内には5人、十両には戦後最多の13人の昇進となった。このうち5月技量審査場所、幕内で負け越した高見盛(前頭15枚目、現振分)と木村山(同17枚目)はともに7勝8敗の負け越しながら、それぞれ14枚目、15枚目と番付を上げた。同様の前例(幕内)としては1967年7月場所の清國、陸奥嵐、大雄以来44年ぶり。栃乃洋(同14枚目、現竹縄)も6勝9敗の成績ながら番付が下がらず同じ地位だった。新入幕では?安が「平成生まれ」初の幕内力士となった。また異例ずくめの番付となった十両では、黒海、佐田の海、佐田の富士、城ノ龍、益荒海の5人は、いずれも5勝10敗の成績ながら番付を上げている。幕内から十両及び十両から幕下への陥落者が無かったのは、毎場所番付が発行されるようになった1933年1月場所以来初めて。番付 フレッシュアイペディアより)

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    番付から見た琴光喜啓司

    2007年9月場所の番付で大関に昇進した琴光喜は、1970年1月場所の玉乃島以来37年ぶりの愛知県出身の大関となった。番付 フレッシュアイペディアより)

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