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日本のアナウンサーから見た福澤朗
バラエティ番組やクイズ番組などで、社会的常識に欠ける発言や回答をするアナウンサーが時折見られる。これを「資質低下」として批判する意見と、番組の盛り上げ役を果たしているとして擁護する意見が存在する。元日テレアナウンサーの石川牧子が「若者の読み書きの能力は年々低下している」「入社希望の学生の漢字テストの成績が良くない」と語っている他、日本テレビOBの福澤朗も自身のブログで、「非常に憂慮している」とした上で、「テレビはもうアナウンサーを必要としていない」と苦言を呈している。有賀さつきは、出演者の瞬間的なリアクションに、自分を含めた番組製作者らは台本にはない魅力を共有しており、自分もボケの役割をある程度進んで引き受けていたことや、社会的常識があるはずの局アナのイメージを逆手に取った、演出の一面があったことを明かしている。(日本のアナウンサー フレッシュアイペディアより)
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日本のアナウンサーから見た長野智子
今日のようにタレント並みに注目を浴びる女子アナウンサーにつながる系譜は、1975年フジテレビに入社し、同局初の女性キャスターとなった後、女子アナウンサー史上初のスキャンダルを起こした田丸美寿々や、1978年NHKに入局し「TVガイド」の表紙を飾ったり、民放への大型移籍や玉の輿婚が話題になった頼近美津子らを端緒とする見方や、1980年代前半のフジテレビアナウンサーによる当時は異例だった「コント色の強いバラエティ番組への参加」からなど、いくつかの見方がある。1977年入社の益田由美は、なるほど!ザ・ワールドで体を張ったリポートで、「ひょうきん由美」と呼ばれ親しまれた。1980年入社の山村美智子、1984年入社の寺田理恵子、1985年入社の長野智子は、オレたちひょうきん族に「ひょうきんアナウンサー」と称され司会を務めた。(日本のアナウンサー フレッシュアイペディアより)
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日本のアナウンサーから見た三上たつ次
NHKの女性職員アナウンサーも以前は東京本部に転勤になるとほとんど動かないケースが圧倒的だったが、2010年代に入ると40歳代以上は管理職として、30歳代については男性アナウンサーとの格差是正を主眼として、東京から強制的に転勤させるケースが急増している。2011年は、年度替わりに30歳前後の2人が東京から出されたほか、6月24日付の幹部級人事では一気に5人が地域放送局のアナウンス統括職に起用され東京から転出、1人が東京内部で配置転換となった。なお、NHKの男性アナウンサーは全国各地を転々とするのが普通で、その途中人事でアナウンスから離れることも珍しくない。東京本部で働いた経験がないという事例も少なくないほか、東京本部で長く残れる人もほんの一握りである。中にはその地方の土地柄や環境などを気に入り、家まで建ててその地方局に半永久的に在籍するアナウンサーも極僅かではあるが存在する。(一例としてNHKではNHK盛岡放送局の上原康樹アナウンサー、NHK佐賀放送局の三上たつ次アナウンサーなど)(日本のアナウンサー フレッシュアイペディアより)