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小林幸子から見た日本放送協会
翌1964年には新潟市内で肉屋を営んでいた家族とともに上京して古賀事務所に所属し、古賀作曲の『ウソツキ鴎』でデビューする。デビュー曲がいきなり20万枚のヒット曲となる。「天才少女歌手・ひばり二世」として、大映映画では子役としても活躍した。当時まだ9歳の子供だったために楽屋内でワイワイ騒いでいたところをある先輩歌手が激怒し、島倉千代子にすぐに注意して来いといわれて島倉が嫌々仕方なしに小林の元へ注意にいったとNHK『ふたりのビッグショー』のトークで語った。「お幸、楽屋というところはステージに立つ前の神聖な場所なのだから騒いだりするところじゃないのよ」と注意したそう。その当時から島倉のことを「母さん」と呼び慕い、島倉も「幸」と呼んで、現在まで自分の娘のように可愛がっており親交が深いという。(小林幸子 フレッシュアイペディアより)
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小林幸子から見たレイモンド・ジョンソン
1997年、第9回日本ジュエリーベストドレッサー賞受賞。同年にテレビ東京系アニメ『ポケットモンスター』のエンディングテーマソング『ポケットにファンタジー』を歌い、以後何度かポケモン関連の活動を行っている。『ポケットにファンタジー』がテレビ初放映されたのはポケモンショックの回であった。同年にはイマクニ?、レイモンド・ジョンソンとのユニット・スズキサンとしてシングル『とりかえっこプリーズ』を発売。ポケモンカードゲームのCMソングとして流れた。(小林幸子 フレッシュアイペディアより)
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小林幸子から見た東北地方太平洋沖地震
2011年4月7日には、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で被災して避難所生活を送る被災者を激励するために福島県相馬市を訪問して、自ら用意した無洗米10トンとまんじゅう1万2千個を豪華衣装や舞台装置運搬用でもある自己所有の大型トラックに載せて市内8カ所の避難所へ救援物資を届けた。5月27日にも以前から交流があった大槌町の避難所を訪れて、救援物資などを持参して地元のボランティアと一緒に自ら炊き出しを行い、被災者のために『おもいで酒』などの代表曲を数曲熱唱して激励した。(小林幸子 フレッシュアイペディアより)