248件中 21 - 30件表示
  • 山崎武司

    山崎武司から見た伊原春樹

    4月27日からの西武ライオンズの3連戦(ナゴヤドーム)で監督の伊原春樹は地元出身選手として先発出場を約束。初日は4番・指名打者として先発出場して3打数、2安打と活躍した。ところがこの試合中に負傷した谷佳知が翌日に3番・指名打者として先発出場する。山崎は関係者も多数招待していた試合での先発落ちにショックを受け、試合開始前に帰宅。その直前には監督室にバットを放り投げ、ゼネラル・マネージャーの中村勝広に伊原の解任を直訴するなどの行為を行った。これが「職場放棄」などと見なされ、翌日に懲罰的な意味で二軍へ降格させられる。この「ボイコット事件」について山崎本人は、試合に出られる心理状態ではないという伊原の判断の下、許可があったために帰宅したと述べている。これ以降、2軍落ちを何度も経験し、9月には自身の実家に戻った。レギュラーシーズン最終戦の前には伊原から和解を求める電話があったが、再びチームに戻ることはなかった。しかし、伊原とは退団後に和解し、雑談や会話をすることもあると自著で語っている。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た槙原寛己

    6月19日の対巨人戦では8回裏に槙原寛己から5番・音重鎮に続いて、本塁打を放つ。山崎の後の大豊も本塁打を放ったため、3者連続本塁打となった。6月は打率.403、13本塁打、33打点を記録し、月間MVPに選ばれる。レギュラーシーズン序盤は打率、本塁打、打点の3部門でトップとなり、オールスターゲームにも監督推薦で出場する。松井秀喜、大豊とタイトルを争った本塁打部門では39本の山崎が38本の松井と大豊を抑えて本塁打王を獲得した。なお、この年は打率はリーグ4位の.322、打点もルイス・ロペスに次ぐ107打点を記録している。また、同年はリーグ最高長打率(.625)もを記録しベストナインに選ばれた。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た野本圭

    チームメイトであるトニ・ブランコとの競争の中、オープン戦で4本塁打を放つなど結果を出し、3月30日の開幕戦は4番・一塁手で出場した。開幕戦での4番は2010年に金本が記録した41歳11カ月を上回る43歳4カ月のセントラル・リーグ最年長記録となった。その後も4番・一塁手として出場していたものの、4月25日に野本圭と共にインフルエンザB型に感染していたことが判明し、登録を抹消された。7月14日の巨人戦の3回裏、復帰後初の本塁打をD.J.ホールトンから放った。翌日の試合では決勝の適時二塁打を放ち、古巣復帰後初のお立ち台に上がった。しかし、1年を通して90試合に出場したものの、打率.209、1本塁打、13打点と期待に沿う活躍は出来なかった。また、レギュラーシーズン終盤には左手薬指の骨折もあり、一時は本人も引退を考えていたが、チームは来年も山崎を戦力の1人として考えていたため、山崎本人も現役続行を決断した。12月5日の契約更改交渉で300万円減の2700万円に出来高払いを加えてサインし、来年の現役続行が決定した。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た大谷翔平

    セントラル・リーグ最年長二塁打:44歳6ヶ月、2013年6月1日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦(札幌ドーム)、4回表に大谷翔平から二塁打山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た真中満

    打順は主に6番を任される。5月9日の対広島戦で3打席連続本塁打を放つ。一時期は不調に陥りスタメンを外れることもあったが、9月26日の対阪神戦では福原忍から逆転サヨナラ3ラン本塁打を放っている。山崎によるとこの年から内野守備走塁コーチに就任した高代延博と確執があり高代の進言によりスタメンを外れることが多くなり山崎は高代について、「監督に媚を売る指導者は必要ない」と著書に記している。この年、中日はリーグ優勝を争っていたが、この前日には山崎は先発出場せず、この日も本塁打を放つまでは0安打だった。前日までの起用のされ方に不満を持っていた山崎は本塁打を放った後、一塁へ走る際にベンチにいた監督の星野仙一に向かって、「おっさんボケ〜!俺を出しとけば、ちゃんと打つんじゃ!」と言い放った。9月30日、11年振りのリーグ優勝を決めた対ヤクルト戦で一塁手の守備の途中、打者走者の真中満と交錯して左手首を骨折。このため、ビールかけを見守ることしかできず、福岡ダイエーホークスとの日本シリーズに出場することもできなかった。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た松井秀喜

    6月19日の対巨人戦では8回裏に槙原寛己から5番・音重鎮に続いて、本塁打を放つ。山崎の後の大豊も本塁打を放ったため、3者連続本塁打となった。6月は打率.403、13本塁打、33打点を記録し、月間MVPに選ばれる。レギュラーシーズン序盤は打率、本塁打、打点の3部門でトップとなり、オールスターゲームにも監督推薦で出場する。松井秀喜、大豊とタイトルを争った本塁打部門では39本の山崎が38本の松井と大豊を抑えて本塁打王を獲得した。なお、この年は打率はリーグ4位の.322、打点もルイス・ロペスに次ぐ107打点を記録している。また、同年はリーグ最高長打率(.625)もを記録しベストナインに選ばれた。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た今井美樹

    EMIミュージック・ジャパン「今井美樹ベストアルバム『Premium Ivory -The Best Songs Of All Time-』」(2015年)山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た江藤智 (野球)

    トレードで阪神タイガースへ移籍した大豊に代わり、左翼手から一塁手に転向する。8月18日の対ヤクルト戦では2回表にマーク・エーカーから史上198人目となる通算100号本塁打を放つ。27本塁打は松井、江藤智に次ぐリーグ3位。最多勝利打点の16打点で表彰され、最優秀JCB・MEP賞を受賞する。11月1日のセントラル・リーグ東西対抗戦では3ランホームランを放ち、MVPとなった。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た松坂大輔

    オープン戦でスパイクを忘れたが、当時の監督だった星野には忘れたとは言えないということで、「今年はこれ(スパイクを履かないスタイル)で試合に出る。」ということにした。そのため、この年はスパイクを履かないで打席に立った。7月12日の対阪神戦で7回裏に吉田豊彦から史上114人目となる通算150号本塁打を放つ。同年のオールスターゲームに監督推薦で出場し、松坂大輔から2点適時打を打つなどの大活躍でMVPとなる。この年は上記のスパイク履かない発言により結果踏ん張りが効かずまた前年の手首の骨折もあり流し打ちのスタイルになり、最終的にリーグ7位の打率.311という高打率を記録するが、契約更改で球団事務所から「18本塁打はとても少ない」と指摘された。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

  • 山崎武司

    山崎武司から見た大豊泰昭

    前年シーズンオフにそれまで、一塁手のレギュラーだった落合博満がフリーエージェントで巨人へ移籍する。更に、大豊泰昭が左翼手から一塁手に転向したことで外野手のレギュラーに空きが出来たが、彦野利勝の故障からの復帰などもあって、出場機会が激減し、1年間を通して目立った活躍は出来なかった。山崎武司 フレッシュアイペディアより)

248件中 21 - 30件表示