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  • 山本昌

    山本昌から見た工藤公康

    帰国直後、当時の中日の投手が足りない状況だったこともあり先発の一角に加わると、スクリューや精度の高いコントロールを駆使して一軍で5連勝(なおかついずれも自責点0)を記録し、リーグ優勝に貢献した。その1988年の日本シリーズでは第3戦の先発に抜擢され工藤公康と投げ合ったが、彦野利勝の先頭打者本塁打の1得点を守りきれず敗戦投手となった。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た新井貴浩

    9月9日の対広島戦で、新井貴浩から通算2000奪三振を達成。9月16日の対阪神戦(ナゴヤドーム)でプロ野球史上73人目(84回目)となるノーヒットノーランを達成。許したランナーは4回の森野将彦の失策による1人のみのNPB史上2人目となる無四死球ノーヒットノーラン。41歳1か月での達成はプロ野球最年長記録。中日ではの川上憲伸以来10人目。ナゴヤドームでは初。結果として森野の失策で完全試合の夢は潰えたことになったため、森野はひどく落胆していた。しかし、試合後のインタビューで山本は「あのプレーがあったからこそノーヒットノーランが達成できた」と発言し、後輩を気遣う山本昌の優しさを見せている。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た阪神タイガース

    、なかなか勝利をあげることができず、シーズン14登板目の5月27日の対巨人戦での完封まで初勝利を持ち越す。この勝利に山本は試合終了直後から涙を流し、後年最も思い出深い1勝に挙げている。しかし、9勝目以降なかなか勝ち星を得られず、星野から同シーズンオフにおいてのアメリカへの教育リーグ再留学を言い渡される。名誉挽回の10勝目と日本残留の最後のチャンスとして9月23日の対阪神戦に登板するも、味方の失策などが重なり終盤逆転負けを喫しシーズン9勝に終わり、やむなく留学する。ただ既に2桁勝利するしないに関係なく、球団側は留学させることを決定済で航空機のチケット(エコノミークラス)は用意されていたといい、山本は渡航の際に差額を払ってビジネスクラスに変更した、と語っている。このオフの留学で、アイクと共にスローカーブを習得に励む。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た長嶋一茂

    に恩師のアイク生原が永眠。精神的ショックは大きく葬儀の場では棺の前で泣き崩れて立ち上がれず、同じく生原に世話になり同席していた長嶋一茂らに抱き起こされなければ立ち上がれなかったほどであった。棺には前年までのシーズン自己最多勝利数を更新した、11勝目のウイニングボールを納めた。最終的にチームは最下位に沈んだもののシーズン13勝を記録した。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た若林忠志

    9月30日の対阪神戦で40歳代としては若林忠志、村田兆治、工藤公康に次いで4人目となる2桁勝利を挙げた。10月15日の対横浜戦ではリリーフで登板し、自身1997年以来9年ぶりでセ・リーグ最年長記録となるセーブを記録(41歳2か月)するなど、11勝7敗1Sの成績を残した。山山杯(参照の事)をこの年は開催せず、今のところ2005年が最後の開催となっている。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た藤川球児

    同番組で山本昌の直球の回転数を計測した結果、1秒間に52回転していた。通常の投手の1秒間の平均回転数が37回転、松坂が41回転、藤川球児が45回転であることから山本昌のそれは極めて高く、初速と終速の差と落差が小さい。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た小田和正

    歌手の小田和正の大ファンであり、彼の名古屋公演ではシーズン中でもコンサート会場に姿を見せることがある。当人同士の交流もあり、2009年1月2日に東海テレビで放送された山本昌の200勝記念番組では、小田がナレーションを務めた。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た畑正憲

    プライベートの山本は多趣味なことで知られ、中でも特に有名なのがラジコンである。ラジコンを始めたきっかけは、1995年に膝を痛めてリハビリを行っていた際、昼前にリハビリが終わり、暇つぶしに街に出た時、ラジコンショップでラジコンを見つけて「面白そうだ」と思い、始めたことによる。ラジコンショップにはシーズン中でも1週間に1度はかならず顔を出し、地元名古屋で開催されるレースにはシーズン中(ただし、リーグ優勝が確定し、クライマックスシリーズ開催を待つ期間)でも積極的に参加を重ね、これまでに数々の優勝を経験している。その腕前は玄人にも一目置かれる確かなもので、2002年には全日本選手権のEPツーリングカースポーツクラスで4位に入賞した。フジテレビ系の『とんねるずのみなさんのおかげでした』のコーナー「ムダ・ベストテン」ではC・W・ニコルやムツゴロウらと共に登場しない有名人の一人として長らくランクインされていたが、2009年1月22日放送分で遂に登場し、その腕前を披露した。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た杉下茂

    4月2日の対巨人戦での登板で、投手としては大野豊の22年を抜き、野手を含めても衣笠祥雄の23年と並ぶセ・リーグ最長の実働年数(プロ野球最長は2010年現在工藤公康の29年)となった。5月7日の対広島戦で6回を2安打無失点5三振に抑え、シーズン初勝利。5月14日の対ヤクルト戦で史上26人目となる通算3000投球回を達成。8月4日、ナゴヤドームでの対巨人戦で完投勝利。プロ野球史上24人目となる通算200勝を達成した。中日球団投手の200勝達成は杉下茂以来51年ぶり、42歳11か月での200勝と完投勝利は共に史上最年長記録。200勝達成投手の中でも5年目に初勝利を挙げたのは最も遅い記録。中日ドラゴンズの投手として初の日本プロ野球名球会入会(昭和生まれではない杉下は入会資格は無い)となった。8月24日の対巨人戦にて史上最年長完投記録を更新(43歳0か月)、史上最年長2桁勝利を記録。8月は4勝1敗の好成績を挙げ、史上最年長で月間MVPにも選出された。10月2日、故郷の神奈川県茅ヶ崎市から茅ヶ崎市民栄誉賞が贈られることが決まり、その授賞式が12月27日に茅ヶ崎市総合体育館にて執り行われた。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た相川亮二

    2500投球回数:2004年6月18日、対横浜ベイスターズ12回戦(ナゴヤドーム)、3回表2死目に相川亮二を右飛で達成 ※史上43人目山本昌 フレッシュアイペディアより)

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