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    山本昌から見た船村徹

    実父は1966年度NHKのど自慢全国チャンピオン。若い頃は歌手志望で、作曲家の船村徹に弟子入りしていた時期もあったという。父はまた、山本の高校時代、それこそ日本中どこへ遠征しても駆けつけるほど応援に熱心であり、当時の野球部員の中に父の存在を知らない者はないほどであった。5歳下の実弟・山本秀明は、自身の母校である日大藤沢高校野球部の監督として、チームを2007年春のセンバツ甲子園大会に導いている。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た旭天鵬勝

    また、入団当時からチームも背番号も変わらずに30年以上現役を続け、さらに近年の衰えも他の選手に比べるとあまり著しくない様子から(球界の)「生きた化石」「シーラカンス」と呼ばれることもある。中日には和田一浩や岩瀬仁紀ら、40歳を超えながらも主力として活躍するベテランが目立っていた中、山本昌は中でも特に目立った存在と言える。長く現役として活躍し続けているために、スキージャンプの葛西紀明、ゴルフの青木功、大相撲の旭天鵬とともに「レジェンド」と呼ばれるようになる。2014年新語・流行語大賞で「レジェンド」がトップテン入りした。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た杉下茂

    、4月2日の対巨人戦での登板で、投手としては大野豊の22年を抜き、野手を含めても衣笠祥雄の23年と並ぶセ・リーグ最長の実働年数(プロ野球最長は2010年現在工藤公康の29年)となった。5月7日の対広島戦で6回を2安打無失点5三振に抑え、シーズン初勝利。5月14日の対東京ヤクルトスワローズ戦で史上26人目となる通算3000投球回を達成。8月4日、ナゴヤドームでの対巨人戦で完投勝利。プロ野球史上24人目となる通算200勝を達成した。中日球団投手の200勝達成は杉下茂以来51年ぶり、42歳11か月での200勝と完投勝利は共に史上最年長記録。200勝達成投手の中でも1年目が未勝利なのは史上6人目であり、5年目に初勝利を挙げたのは最も遅い記録。中日ドラゴンズの投手として初の日本プロ野球名球会入会(昭和生まれではない杉下は入会資格は無い。なお、後に岩瀬仁紀も250セーブを達成して入会を達成している)となった。8月24日の対巨人戦にて史上最年長完投記録を更新(43歳0か月)、史上最年長2桁勝利を記録。8月は4勝1敗の好成績を挙げ、史上最年長で月間MVPにも選出された。この年は43歳ながらチームトップの11勝を挙げる。10月2日、故郷の神奈川県茅ヶ崎市から茅ヶ崎市民栄誉賞が贈られることが決まり、その授賞式が12月27日に茅ヶ崎市総合体育館にて執り行われた。自著では後に「加山雄三さんや桑田佳祐さんといった超大物の芸能人を輩出した湘南の街で、おふたりともまだ受賞されてないというのに…」と謙遜するコメントを発表している。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見たアレックス・オチョア

    アーレックス(2006年は同僚のアレックス・オチョア選手、2007年は同じく同僚の福留孝介選手、岩瀬仁紀選手とともに、同社のラジオCMに出演していた。2012年度は和田一浩選手、浅尾拓也選手と出演)山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た金田正一

    入団当時、野球解説者だった星野仙一(1987年より監督)は「背番号が34で左投げというから『金田2世』と期待してブルペンを見に行ったが、ただの大柄な男で、あまりに不恰好なモーションでコントロールもない。球も130km/h前後しか出ないからがっかりした」と語っており、山本本人も「小松辰雄さんのピッチングを見て、とんでもない所に来てしまったと思った」と回顧している。。大柄なだけで野球の才能に恵まれていないことは当の山本も自覚しており、自身がプロ入りできたのは左投げ投手であるところが大きいと後に振り返っている。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た川相昌弘

    通算153犠打は日本プロ野球の投手史上最多。2007年にはセントラル・リーグ公式サイトで「隠れた犠打王」として紹介されている。中学時代の野球部監督角田明との対談で山本は「バント職人と呼ばれた川相昌弘さんにもお前バントうまいって誉められたんですから」、角田も「星野仙一さんもテレビでの解説でお前のバントを褒めていたよ」と述べていた。しかし本塁打に関しては初打席から1209打席本塁打はなく、2014年当時で初打席からの連続打席無本塁打記録は現役では岡田幸文、松本哲也に次ぐ3位だった。自身、本塁打を熱望していたが果たせずに終わり、NPBで200勝以上を記録した投手の中で、無本塁打に終わった初の選手となった。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た上原浩治

    、4月には月間MVPを獲得しての開幕からのチーム11連勝や11年ぶりのリーグ優勝に貢献したが、勝ち星に恵まれず8勝6敗。しかし防御率2.96はこの年20勝を挙げた巨人の新人上原浩治や、19勝を挙げシーズンMVPになった同僚野口茂樹に次ぐリーグ3位だった。福岡ダイエーホークスとの日本シリーズでは第3戦に先発したが城島健司に2ラン本塁打を打たれ敗戦投手になった。先述の1997年オフの契約どおり、累計20勝を超えず17勝に終わったことにより優勝チームの中で数少ない年俸ダウンとなったが、チームへの貢献度により少額のダウンで済んだ。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た川上憲伸

    川上憲伸と左右のエースとしてチームを引っ張り、7年ぶりの11勝以上を挙げる13勝を挙げリーグ制覇に貢献した。西武ライオンズとの日本シリーズでは第2戦と第6戦に先発し、西武も松坂大輔が第2戦と第6戦に先発して投げ合った。第2戦は5回途中5失点でKO、日本一に王手をかけた第6戦は6回に和田一浩に逆転2ランホームランを浴びこの回途中で降板。6回途中3失点で敗戦投手となり、日本シリーズでは結果を残せなかった。チームもそのまま日本一を逃した。オフの契約更改では初の2億円超えを達成。山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た八木亮祐

    安打:48歳0ヶ月?2013年8月28日、対東京ヤクルトスワローズ20回戦(明治神宮野球場)、2回表に八木亮祐から中前適時打山本昌 フレッシュアイペディアより)

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    山本昌から見た田中浩康

    3000投球回:2008年5月14日、対東京ヤクルトスワローズ8回戦(明治神宮野球場)、6回裏2死目に田中浩康を一塁ゴロで達成 ※史上26人目山本昌 フレッシュアイペディアより)

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