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  • 永井雄一郎

    永井雄一郎から見た山田暢久山田暢久

    ワシントンの加入で前線はワシントンの1トップ、その後ろにポンテ、小野伸二(終盤戦は山田暢久)が2シャドーとして控える形がほぼ固定され、2トップの場合でもワシントンと負傷から復帰した田中達也のコンビがファーストチョイスとなり、右サイドも序盤戦は山田暢久、中盤戦以降は平川忠亮が起用される事が多かったため、ベンチスタートの試合が増えていった。また、スタメン出場した試合でも本人が希望するFW起用ではなく、2シャドーの一角で起用されることが多かった。そういった中でも4月29日、9月10日に行われた大宮アルディージャ戦、7月22日に行われた川崎フロンターレ戦では終盤に貴重なダメ押し点を記録し、チームの勝利に大きく貢献した。だが、12月2日に行われたG大阪戦ではベンチ入りはしたものの出場機会が無く、ピッチ上で優勝の瞬間に立ち会うことは出来なかった。永井雄一郎 フレッシュアイペディアより)

  • U-20サッカー日本代表

    U-20サッカー日本代表から見た山田暢久山田暢久

    1995年カタール大会では、奥大介、山田暢久、下田崇らの世代。また、2歳年少の飛び級ながら中田英寿、松田直樹が全試合でスタメン出場した。グループリーグを突破し準々決勝でブラジルに1-2で敗れるが、同大会での初のベスト8進出は日本サッカー界にとって明るい話題となった。また、DFの中心選手の田中誠は怪我の影響によりメンバーから外れている。後にトルシエジャパンの主力として活躍する森岡隆三も代表に選出されていたが、試合出場は無い。監督は田中孝司。U-20サッカー日本代表 フレッシュアイペディアより)

  • 1999年J1最終節

    1999年J1最終節から見た山田暢久山田暢久

    浦和は後半34分にDFの城定信次に代え、この日ベンチスタートだった福田正博と続けてFWを投入し、3-3-4の攻撃的なフォーメーションへ切り替え、何としても点を取るという作戦に出た。その後、小野伸二やDFの山田暢久もチャンスメークに徹し、盛田、大柴、福田を中心として広島ゴールを何度も攻め、点を狙いに行くも全て阻まれる。1999年J1最終節 フレッシュアイペディアより)

  • 2000年J2最終節

    2000年J2最終節から見た山田暢久山田暢久

    MF:山田暢久 石井俊也 阿部敏之 路木龍次(ハーフタイム FW 福永泰)2000年J2最終節 フレッシュアイペディアより)

  • 第85回天皇杯全日本サッカー選手権大会

    第85回天皇杯全日本サッカー選手権大会から見た山田暢久山田暢久

    両チームとも守備重視ではないかという試合前の予想に反して試合開始から攻勢をかけたのは清水であったが、前半39分にロブソン・ポンテの右CKに堀之内聖がフリーでが飛び込むが、清水守備陣が反応してクリア。これを三都主アレサンドロが拾って、左サイドに流れた山田暢久とのリターンパスからクロスを上げ、これに反応した堀之内が2度目のヘッドで先制点を挙げた。清水は、これが本大会初失点であった。前半はこのまま浦和の1点リードで折り返す。第85回天皇杯全日本サッカー選手権大会 フレッシュアイペディアより)

  • 西澤代志也

    西澤代志也から見た山田暢久山田暢久

    しかし、大山俊輔や中村祐也、小池といったユース出身の選手がレンタル移籍・完全移籍で放出される中、で浦和に残留。4年目の2009年には右サイドバックとして起用され、5月30日のナビスコカップ第4節、対アルビレックス新潟戦でプロ初得点を挙げた。また、リーグでもシーズン当初より頻繁にベンチ入り。6月27日のJ1第15節、対ヴィッセル神戸戦で87分に山田直輝と交代で出場。これがリーグ初出場となった。7月11日のJ1第17節、対サンフレッチェ広島戦で、アップ時に負傷した坪井慶介に代わり、スタメン発表後に急遽先発出場(右サイドバックの山田暢久がセンターバックに移り、西澤が右サイドバックに入った)。リーグ初先発となったものの、攻守に精彩を欠き、前半のみでピッチを退いた。西澤代志也 フレッシュアイペディアより)

  • 永田充

    永田充から見た山田暢久山田暢久

    2011年、MFマルシオ・リシャルデスと共に浦和レッドダイヤモンズに完全移籍。背番号は新潟時代の同僚で前シーズンチーム得点王のエジミウソンが付けていた17番が与えられた。3月6日に行われたJ1第1節、対ヴィッセル神戸に先発出場し、浦和での公式戦デビューを果たした。7月13日にホームで行われたJ1第4節の川崎フロンターレ戦でコーナーキックからのこぼれ球を右足で押し込み浦和での初得点を記録した。8月14日に東北電力ビッグスワンスタジアム行われたJ1第21節の古巣新潟戦では山田暢久のヘディングを相手GKが弾いた所を右足で押し込み、シーズン2点目を挙げた。チームは最終節まで残留争いに巻き込まれるほど低迷し、結局15位に終わったものの、移籍1年目からCBのポジションを確保しレギュラーシーズンの全34試合フルタイム出場を果たした。永田充 フレッシュアイペディアより)

  • 2005年J1最終節

    2005年J1最終節から見た山田暢久山田暢久

    しかしほぼ同じ時刻にカシマでも鹿島がPKを獲得し、これを決めるべく投入されたMF本田泰人が期待に応えてゴール。直後の80分には新潟で浦和MF山田暢久もゴールし、さらにスコアレスが続いていたフクアリでも82分、名古屋のFW鴨川奨のゴールにより千葉が1点リードされるなど、試合は各地で再び大きく動き始めた。2005年J1最終節 フレッシュアイペディアより)

  • マシュー・スピラノビッチ

    マシュー・スピラノビッチから見た山田暢久山田暢久

    チーム合流後はキャンプ中から細かい故障を繰り返していた影響でシーズン開幕から中々試合に出られなかったが、2010年3月31日に行われたナビスコカップ予選リーグ第1節、対ジュビロ磐田戦で先発出場し初出場を記録。その後も山田暢久、坪井慶介のセンターバックのコンビが機能していたこともあり、リーグ戦ではベンチスタートの日々が続いたが2010年5月15日に行われたJ1第12節、対ベガルタ仙台戦でリーグ戦初先発を果たし、これ以降は南アフリカW杯によるリーグ中断中に行われたナビスコカップ予選リーグの試合、中断が空けて再開されたリーグ戦でも殆どの試合に先発出場していた。2010年8月21日に行われたJ1第20節、対湘南ベルマーレ戦で来日初ゴールを記録。この後もコンスタントに出場を続け浦和の守備の安定に貢献していたが、2010年9月25日に行われたJ1第24節、対アルビレックス新潟戦の前半15分に左大腿部を痛め負傷退場、後日行われた検査の結果、左ハムストリングの腱損傷で全治8週間と診断され、再度離脱する事となってしまった。その後、リハビリを経て2010年12月6日に行われたJ1第34節、対ヴィッセル神戸戦で出場はなかったものの、約2ヶ月ぶりにベンチ入りを果たした。しかし、浦和の2010年シーズン最後の公式戦となった2010年12月25日の天皇杯準々決勝、ガンバ大阪戦は風邪を引いてしまったためベンチに入ることが出来なかった。マシュー・スピラノビッチ フレッシュアイペディアより)

  • 高橋峻希

    高橋峻希から見た山田暢久山田暢久

    2009年、山田直輝、濱田水輝、永田拓也とともにトップ昇格。怪我により出遅れていたが、5月10日の川崎フロンターレ戦、後半18分に途中交代で投入され、リーグ初出場を果たした。以後、左右のサイドハーフとして途中出場で投入されるケースが増え、5月30日のナビスコカップ第4節、対アルビレックス新潟戦では、フル出場を果たした。リーグ初先発は、7月4日、対モンテディオ山形戦。累積警告によって出場停止の山田暢久に代わって右サイドバックとして先発、後半は左サイドバックに移り、フル出場した。7月11日の対サンフレッチェ広島戦では、左サイドバックとして先発するなど、多様なポジションで起用されていた。その後は負傷などもありしばらく試合から離れていたが、再び山田暢久が出場停止となった影響で10月3日の対ジェフユナイテッド千葉戦に久々に右サイドバックで先発出場、その試合でプロ初ゴールを記録し、11月8日の対FC東京戦ではプロ初アシストも記録した。12月19日、U-20代表の国際親善試合、対韓国戦に出場。山田直輝へのパスで1アシストをマークした。高橋峻希 フレッシュアイペディアより)

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