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  • 岩手・宮城内陸地震

    岩手・宮城内陸地震から見た福田康夫

    消防庁は地震発生とほぼ同時に災害対策本部を起ち上げ、警察庁も発生から1分後に災害警備本部を起ち上げた。発生から7分後の午前8時50分には総理大臣官邸危機管理センター官邸対策室、内閣府災害対策室、防衛省災害連絡室、海上保安庁地震災害対策本部がそれぞれ設置された。内閣総理大臣の福田康夫の下には午前8時50分に内閣総理大臣秘書官から連絡が入り、福田は「被災状況の早期把握、迅速な広報、被災者などがある場合は救助に全力を挙げるように」と指示、午前8時59分には陸上自衛隊八戸駐屯地からヘリコプターを派遣した。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

  • 岩手・宮城内陸地震

    岩手・宮城内陸地震から見た文仁親王妃紀子

    2008年7月20日、文仁親王並びに親王妃紀子が、宮城県栗原市と岩手県一関市の避難所を訪問し、被災者を励ました。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

  • 岩手・宮城内陸地震

    岩手・宮城内陸地震から見た皇后美智子

    地震発生当日、今上天皇並びに皇后は全国植樹祭出席の為、東京国際空港から特別機で秋田県に向かっていたが、地震の発生を知ると宮内庁を通じ「災害対策を優先してほしい」と要望した。これを受け、秋田県知事寺田典城の出迎えや県勢概要説明は中止となり、天皇に随行していた警察庁長官吉村博人らにより地震の被害状況説明が行われ、天皇は地図で被災地の詳細を確認した。また、北秋田地域振興局では職員から県内の被害状況の説明を受け、天皇は地図を広げ被災地を一つ一つ確認した。天皇は寺田に対し「しっかりやって戴いて有難う。抜かりのないように」と声を掛けた。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た伊藤哲朗

    内閣府特命担当大臣(防災担当)泉信也を団長とする政府調査団は、午前11時38分に防衛省を出発し、午後1時35分に一関市に到着し、政府現地連絡対策室を栗原市に設置した。福田は官邸対策室で陣頭指揮を執り、午後には内閣危機管理監伊藤哲朗らに「現地では日没が迫っている。警察、自衛隊などのヘリコプターを効果的に運用し、状況把握に努め、救出活動に全力を挙げてほしい」と指示した。同日夕、被災地からの泉の報告を受けた福田は、夜間も現地での行方不明者捜索や被害確認の継続を指示した。また、首相の被災地視察については、震災直後に訪れれば現場の人員を割くことになり現地が混乱するとの判断から、被災直後の視察は見送り、あくまで救援活動を最優先している。この判断は、新潟県中越沖地震発生当日に当時の首相が現地視察を実施し、危機管理や救援活動優先の観点から問題となった教訓を生かしたものである。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た安倍晋三

    内閣府特命担当大臣(防災担当)泉信也を団長とする政府調査団は、午前11時38分に防衛省を出発し、午後1時35分に一関市に到着し、政府現地連絡対策室を栗原市に設置した。福田は官邸対策室で陣頭指揮を執り、午後には内閣危機管理監伊藤哲朗らに「現地では日没が迫っている。警察、自衛隊などのヘリコプターを効果的に運用し、状況把握に努め、救出活動に全力を挙げてほしい」と指示した。同日夕、被災地からの泉の報告を受けた福田は、夜間も現地での行方不明者捜索や被害確認の継続を指示した。また、首相の被災地視察については、震災直後に訪れれば現場の人員を割くことになり現地が混乱するとの判断から、被災直後の視察は見送り、あくまで救援活動を最優先している。この判断は、新潟県中越沖地震発生当日に当時の首相が現地視察を実施し、危機管理や救援活動優先の観点から問題となった教訓を生かしたものである。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た島崎邦彦

    この地震を発生させた断層は、地震発生当時には存在が確認されていなかったが、詳細な調査を行った結果、余震域東縁で断続的な約20kmの地震地表断層の出現を確認した。多くの地表断層は西側上がりの上下変位と東西短縮の変位で、最大変位量は50cm程度であった。人工衛星による合成開口レーダー(SAR) 画像の解析によると、岩手県奥州市胆沢区付近から、宮城県栗原市西北部の花山周辺に至る北北東?南南東方向の長さ約30km、幅約10kmの帯状の地域に断続的に地殻変動の集中を示す状態が見いだされた。断層の全ての区間が一回で一様に活動した地震では無く、最初は深いところで滑り数日かけて表層部が余効的に動いたと解析されている。なお、東京大学地震研究所の島崎邦彦は、この地震は地下の震源断層の情報が地表の明瞭な活断層地形として現れておらず、新たな評価方法が必要であると論じている。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た岸由一郎

    この地震により17名が死亡、6名が行方不明となり、負傷者は426名にのぼっている。犠牲者の中には観光・交流プランナーの麦屋弥生、交通史家の岸由一郎も含まれていた。死者の死亡原因は落石(2名)、土砂崩れ(3名)、土石流(5名)、車両埋没(1名)、地震に驚き道路に飛び出し交通事故(1名)など。また、仙台市青葉区で崩れ落ちた書籍の下敷きになり、男性1名が死亡した。当初地震との関与は不明とされていたが、2008年7月10日、宮城県警より死因が大量の本による窒息死であったこと、また、宮城県災害復旧対策本部により災害死と認定されたことが正式に発表された。さらに、福島県いわき市で釣り人1人が崖崩れに巻き込まれて死亡した。福島県下で地震による死者が出たのは、丁度30年前の宮城県沖地震以来である。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た崔天凱

    在日本中国大使崔天凱は、日本赤十字社に岩手・宮城内陸地震の義援金10万ドル(約1070万円)を寄託した。崔は「四川大地震では、日本の皆さんから多くの支援をいただいた。このたびの地震に際し、胡錦濤主席と中国国民のお見舞いの気持ちをお届けします」と話した。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た梅雨

    荒砥沢ダム上流の崩落地の最大落差は148m。また、この崩落地の中で、土砂が水平距離で300m以上も移動した箇所も確認されている。崩落により荒砥沢ダムには津波が発生したが、崩落土砂の量がダム貯水容量の1割程度だったことや、梅雨入りを前に貯水量を下げていたこともあって、津波がダムの堤体を越えることはなく、「第二のバイオントダムとならずに済んだ」と研究者が語っている。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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    岩手・宮城内陸地震から見た厚生労働省

    地震発生当日の6月14日だけで、警察庁は広域緊急援助隊約270人、消防庁は緊急消防援助隊790名、厚生労働省は災害派遣医療チーム(DMAT)36チームを、それぞれ被災地に派遣した。防衛省では人員約360名、車両約90両、航空機23機を投入し、海上保安庁も、巡視船艇25隻、航空機10機、羽田特殊救難基地の1隊で対応した。岩手・宮城内陸地震 フレッシュアイペディアより)

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