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佐藤静雄 (衆議院議員)から見た平沼赳夫
2008年1月、次期衆議院議員総選挙では北海道4区(札幌市手稲区、後志管内)に、 平沼赳夫元経済産業大臣が検討している新党から出馬する意向を明らかにしていたが、同年8月23日自民党が宮本融を擁立することを決定したため、出馬を断念し政治家を再び引退表明。実業家に転身し株式会社ジャパンドリームカンパニー代表取締役。みんなの党を応援している。(佐藤静雄 (衆議院議員) フレッシュアイペディアより)
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第22回参議院議員通常選挙から見た平沼赳夫
たちあがれ日本は「郵政民営化」に反対した事で自民党を離党した平沼赳夫が代表となり、これに元財務大臣の与謝野馨らが自民党を離党して加わり、5人の国会議員を確保して「政党」となった。また、東京都知事の石原慎太郎がこれとは別に発起人・応援団長として加わっている。10議席以上の確保を目標にしている。しかし郵政民営化については、「100%民営化」を前提としつつ、全国どこでも公平に利用できる制度設計をすると公約に掲げた。(第22回参議院議員通常選挙 フレッシュアイペディアより)
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松岡利勝から見た平沼赳夫
党内では、安倍晋太郎派→三塚博派→亀井グループを経て1998年に江藤・亀井派結成に参加していた。当初は小泉改革に反対する立場だったが、衆議院予算委員会理事、衆議院郵政民営化に関する特別委員会理事を経て、小泉を積極的に支持する姿勢に転換、郵政国会を機に長年仕えてきた亀井静香・平沼赳夫らと事実上訣別した。同年の通常国会では、2003年に解党された自由党の政党交付金を同党の党首を務めていた小沢一郎が着服したとされる疑惑を追及した。また、同年8月に郵政関連法案が参議院で否決されたことにより当時の小泉首相は衆議院の解散を決断するが、同日に小泉と改革への決意を首相官邸で語っていた人物は松岡である。他方、これまでの主張であったコメの輸入自由化・FTAへの頑強なまでの反対姿勢を一転させたことは、従来の支持基盤だった農家からの激しい反発を招いた。(松岡利勝 フレッシュアイペディアより)
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笹川堯から見た平沼赳夫
2006年10月26日、自民党党紀委員長であった笹川は津島派の総会において、郵政造反組復党問題について「落選した候補も見捨てない。救済するときは一括して救済していくのが一番正しい道」と述べ、無所属の現職衆議院議員に落選した前職を加えた「一括復党」を認める意向を表明した(最終的に、12月4日に平沼赳夫を除く11人の無所属の現職衆議院議員のみを復党させた)。また、2007年の第21回参議院議員通常選挙において無所属で当選した藤井孝男を、欠員が生じて決議ができない党紀委員会の審査を経ずに、委員長の独断で仮復党を認めた(9月7日に党紀委員会で正式に復党が認められた)。(笹川堯 フレッシュアイペディアより)
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