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  • 甲斐智美

    甲斐智美から見た広瀬章人広瀬章人

    1998年、女流1級となるが、女流棋士会を休会し関東奨励会に6級で入会。同期には戸辺誠、広瀬章人、高崎一生らがいた。かつては女流と奨励会の掛け持ちが認められていたが、1998年に女流棋士総則が改正され、「女流棋士が新たに奨励会に籍をおく場合は女流棋士を休場しなければならない」という規定ができたため、この規定の適用者第1号となった。なお、奨励会の対局開始は9月であったが、同年の女流棋戦で不戦敗が生じないところまでは指しており、その最後の対局となる第25期女流名人位戦B級リーグ第9回戦(12月2日)で勝って7勝2敗とし、A級リーグ昇級・女流初段昇段に相当する成績を残した。奨励会では一時1級まで昇級したが、2003年8月9日に2級で退会。同年9月1日に約5年ぶりに女流棋士に復帰。休会当時の成績により、女流初段に昇段しての復帰となった(ただし、女流名人位戦リーグの予選から改めて参加)。甲斐智美 フレッシュアイペディアより)

  • 四間飛車

    四間飛車から見た広瀬章人広瀬章人

    2007年ごろから、プロ棋戦において四間飛車が指されることが少なくなっている。2006年度まで20パーセント台を維持していた全対局における四間飛車の採用率が、2007年度には15.8パーセント、2008年度(8月まで)も13.6パーセントとなっている。2008年には、藤井システムの創始者である藤井猛も居飛車を志向するようになり、「矢倉党に転向」とも評されている。ゴキゲン中飛車の流行の他、居飛車対振り飛車のいわゆる「対抗型」では、居飛車側の研究が進み、四間飛車側の対策が間に合わなくなってきていることも大きな理由とされている。しかしながら、広瀬章人が、居飛車穴熊に対し分が悪いと見られていた四間飛車穴熊を連続採用して2010年に王位を奪取し、一大フィーバーを巻き起こすなど状況は常に流動的である。序盤早々に角交換をした後、四間飛車穴熊に移行する「レグスペ」戦法もプロアマ問わずよく指されている。四間飛車 フレッシュアイペディアより)

  • 穴熊囲い

    穴熊囲いから見た広瀬章人広瀬章人

    現在の振飛車穴熊はただ守りを固めるだけの陣形(振飛車穴熊の駒組みの陣形を「単純穴熊」と呼んでいる)では攻めには乏しい面があったので、金が4七に上がり、攻めと守りのバランスが取れるような陣形になった(この陣形は広瀬章人が編み出した「現代穴熊」の陣形で、現在ではこの陣形の登場により、相穴熊の対局では居飛車穴熊のほうが、相性が悪くなっている)。穴熊囲い フレッシュアイペディアより)

  • 将棋世界

    将棋世界から見た広瀬章人広瀬章人

    森内俊之・渡辺明・久保利明・広瀬章人・郷田真隆・豊島将之の6名の棋士に同一の局面などの質問をし、それぞれの見解を聞く企画。将棋世界 フレッシュアイペディアより)

  • 宮田敦史

    宮田敦史から見た広瀬章人広瀬章人

    2009年1月4日放送の「大逆転将棋2009」では、詰将棋の早解きコーナーへ初参戦して優勝。前年の同コーナーでのプロ棋士の成績が惨たんたるものであったため、宮田は優勝のインタビューで「日本将棋連盟の面目を保った」と語った。2010年1月1日放送の「大逆転将棋2010」では、広瀬章人との競り合いの末、2連覇(宮田100問、広瀬99問)。宮田敦史 フレッシュアイペディアより)

  • 飯島栄治

    飯島栄治から見た広瀬章人広瀬章人

    順位戦ではC級1組に上がってから4期連続で7勝3敗であったが、5期目の第68期(2009年度)は、1戦目で広瀬章人に負けた後に全て勝ち、9勝1敗・2位でB級2組へ昇級した。飯島栄治 フレッシュアイペディアより)

  • 糸谷哲郎

    糸谷哲郎から見た広瀬章人広瀬章人

    1998年(平成10年)、小学校4年で第23回小学生将棋名人戦に広島県代表で出場。西日本大会で佐藤天彦(5年、福岡県代表)らを破り、テレビ放送される全国準決勝進出まであと1勝としたが、船江恒平(5年、兵庫県代表)に敗れる。同年9月、6級で奨励会に入会。同期入会には、??一生(前記小学生名人戦で優勝)、船江恒平(同準優勝)、戸辺誠(同3位)、広瀬章人(同北海道代表)、佐藤天彦、及川拓馬、田中悠一、甲斐智美、石内奈々絵ら。糸谷哲郎 フレッシュアイペディアより)

  • 深浦康市

    深浦康市から見た広瀬章人広瀬章人

    2010年度、第81期棋聖戦で羽生への挑戦権を得たものの、年度前半の勝率は4割台という、従来の深浦の成績からは考えられないほどの不調。棋聖戦では(初めての五番勝負・1日制のタイトル戦)、3連敗のストレート負け。また、その直後の第51期王位戦で広瀬章人に2勝4敗(2千日手)で敗れ、3年ぶりに無冠となった。なお、この王位戦の第6局(最終局)は、第38回将棋大賞の名局賞に選ばれた。深浦康市 フレッシュアイペディアより)

  • 田村康介

    田村康介から見た広瀬章人広瀬章人

    順位戦では第60期(2001年度)にC級2組で8勝2敗の成績を挙げながらも、頭ハネで次点(4位)に終わる。第65期には2勝8敗で、自身初の降級点を喫する。しかし、以降は好調を維持し、翌々年度の第67期(2008年度)において8勝2敗で大平武洋に次ぐ2位の成績を挙げ、プロ入りから13年で初の順位戦昇級を決めた。更に第69期(2010年度)でも第7回戦の豊島将之を除く全ての対局相手から勝利を収め広瀬章人に次ぐ成績を挙げ、僅か2期でB級2組への昇級を決めた。田村康介 フレッシュアイペディアより)

  • 羽生善治

    羽生善治から見た広瀬章人広瀬章人

    2011年、森内俊之を挑戦者に迎えた第69期名人戦で3連敗後3連勝するも、最終局で敗れ失冠。しかし、同年の第52期王位戦で広瀬章人王位に挑戦し、4勝3敗で奪取(2011年9月13日)して通算タイトル獲得数を80期とし、40歳にして大山康晴の持つ歴代1位の記録に並んだ。しかし、記録更新がかかった第59期王座戦で、挑戦者の渡辺明竜王にまさかの3連敗を喫し、1992年以来19期連続で保持した王座から陥落、大記録達成もならなかった。なお、同年、初出場の第19回富士通杯達人戦(非公式戦)で優勝している。羽生善治 フレッシュアイペディアより)

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