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広瀬章人から見た佐藤天彦
糸谷哲郎、佐藤天彦、高崎一生、先述戸辺の4名は、広瀬と同じく1987年前後に生まれ、1998年に奨励会に入会したライバルであり、奨励会時代に「平成のチャイルドブランド」としてとりあげられたこともある。広瀬はこの中では最も早く順位戦昇級に伴い五段に昇段した。初参加から2期目の第65期・2006年度のC級2組リーグで片上大輔に次ぐ2位の成績を収め、翌年度(第66期・2007年度)のC級1組リーグでもトップを走る快進撃を見せたが、最後の2局で連敗してしまい、2期連続での昇級を逃した。その翌年度(第67期・2008年度)も、自力昇級が見込める状態(2番手)で迎えた最終局で、休場明けの宮田敦史に敗れ、もう一人の昇級候補者であった窪田義行が勝ったことにより、再び昇級を逃した。しかしながら、翌々年度(第69期・2010年度)に、9勝1敗・1位の成績を収め、最初の昇級から4年でB級2組への昇級を遂げた。(広瀬章人 フレッシュアイペディアより)
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広瀬章人から見た片上大輔
糸谷哲郎、佐藤天彦、高崎一生、先述戸辺の4名は、広瀬と同じく1987年前後に生まれ、1998年に奨励会に入会したライバルであり、奨励会時代に「平成のチャイルドブランド」としてとりあげられたこともある。広瀬はこの中では最も早く順位戦昇級に伴い五段に昇段した。初参加から2期目の第65期・2006年度のC級2組リーグで片上大輔に次ぐ2位の成績を収め、翌年度(第66期・2007年度)のC級1組リーグでもトップを走る快進撃を見せたが、最後の2局で連敗してしまい、2期連続での昇級を逃した。その翌年度(第67期・2008年度)も、自力昇級が見込める状態(2番手)で迎えた最終局で、休場明けの宮田敦史に敗れ、もう一人の昇級候補者であった窪田義行が勝ったことにより、再び昇級を逃した。しかしながら、翌々年度(第69期・2010年度)に、9勝1敗・1位の成績を収め、最初の昇級から4年でB級2組への昇級を遂げた。(広瀬章人 フレッシュアイペディアより)
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広瀬章人から見た行方尚史
第52期(2011年度)王位戦は、羽生善治二冠(王座・棋聖)の挑戦を受ける。第1局・第2局と勝つも、第3局・第4局と落とし第5局に勝ち、初防衛に王手をかける。第6局目を落とし、第7局目(9月12日9月13日、第6局と同じ神奈川県秦野市の陣屋)を迎えることとなったが、敗れて失冠した。第5回朝日杯将棋オープン戦は、決勝で、羽生二冠に敗れ、準優勝となる。第70期順位戦において、9勝0敗となり、最終局を残してB級1組への昇級を決める(最終成績は10勝0敗で1位)。そして2014年2月13日、第72期順位戦B級1組12回戦(自身11戦目)で丸山忠久を破り、9勝2敗として2位以内が確定しA級昇級を決める。これにより、同日付けで八段に昇段した。初めてA級に加わった第73期順位戦A級では、行方尚史、渡辺明、久保利明とともに6勝3敗で並び、プレーオフに進出したが、久保に敗れ、名人への挑戦権を得られなかった。第56期(2015年度)王位戦では、羽生善治王位への挑戦権を得たが、1勝4敗で敗れた。(広瀬章人 フレッシュアイペディアより)