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  • オカダ・カズチカ

    オカダ・カズチカから見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    同年5月の 『NEW JAPAN × Zepp "SMASH!"』では、試練の5番勝負に挑戦(第1戦:後藤洋央紀、第2戦:中邑真輔、第3戦:田口隆祐、第4戦:獣神サンダー・ライガー、第5戦:金本浩二)。全敗で終わったが、トップレスラー相手に物怖じしないファイトを見せ、翌年の2009年1月4日、東京ドームに第0試合で初参戦した。オカダ・カズチカ フレッシュアイペディアより)

  • 杉浦貴

    杉浦貴から見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    2009年1月4日、三沢光晴とのタッグで新日本プロレスの東京ドーム大会に出場し、中邑真輔・後藤洋央紀組と対戦。中邑の腕ひしぎ逆十字固めに敗れる。杉浦貴 フレッシュアイペディアより)

  • 田口隆祐

    田口隆祐から見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    長期メキシコ遠征帰国後から、勝利後リング上でテーマソングに乗ってファンキーな踊り(通称:タグダンス)を見せるようになった。日本初公開のタグダンスは、2006年1月28日後楽園ホールにて、ファンキー仕様の髪型を初披露した田口がタイガーマスクと組み、後藤洋央紀、稔組と戦った試合で田口が後藤を必殺のどどんで破った後に多少中途半端ながら披露された(その直後に小バカにした態度で稔に真似されていた)。田口隆祐 フレッシュアイペディアより)

  • 中邑真輔

    中邑真輔から見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    2002年、新日本プロレスに入団(同期は山本尚史、田口隆祐、後藤洋央紀、長尾浩志)。同年8月29日、日本武道館における安田忠夫戦でデビュー、セコンドには当時引退をして中邑を指導していた木戸修が付いた。レスリングでの実績とデビュー前に総合格闘技のトレーニングを行っていたことから、当時の新日本の格闘技路線の申し子として期待を受け、デビュー戦後はシリーズには帯同せずLA道場で総合格闘技のトレーニングを重ねるという新人としては異例の待遇を受けた。中邑真輔 フレッシュアイペディアより)

  • ニュージャパン・カップ

    ニュージャパン・カップから見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    最多優勝 - 3回 : 後藤洋央紀(第5回、第6回、第8回)ニュージャパン・カップ フレッシュアイペディアより)

  • レッスルキングダム (プロレス興行)

    レッスルキングダム (プロレス興行)から見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    この年はアメリカのプロレス団体TNAとの「全面対抗」を意識したマッチメイクであった。また年末に西村修が退団した無我ワールド・プロレスリングが新規一転したドラディションより藤波辰爾が久々に古巣の新日本プロレスに参戦。他には年末のハッスルに参戦した全日本プロレスのグレート・ムタもその時、流れに乗っていた“荒武者”こと後藤洋央紀と対戦した。IWGPジュニアヘビー級王座選手権試合では、井上亘とTNA“フォーリン・エンジェル”クリストファー・ダニエルズが闘い、またシングルマッチでは、中西学とTNAアビスが闘った。セミメインでは形式上はタイトルマッチではないが事実上のタイトルマッチとして新日本のIWGPヘビー級の三代目のベルトをかけてカート・アングルに永田裕志が挑戦。しかし、新日本にIWGPを持ちかえることができなかった。レッスルキングダム (プロレス興行) フレッシュアイペディアより)

  • 天山広吉

    天山広吉から見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    2007年はG・B・Hのリーダーとして軍団を引っ張っていたが5月から6月にかけ再三にわたり休場勧告。さらに昨年12月に負傷した首の状態が最悪であることも発覚した。このせいがあり、8月のG1 CLIMAXでは昨年の優勝者とは思えない不本意な成績に終わり、なおかつ越中のG・B・H脱退により本人も「もうアカン、気力だけで通用せぇへん」と休場とも思われる発言をしている。そして10月8日、かつての付き人後藤洋央紀と下克上マッチに敗北。この試合で、後藤が放った変形バックブリーカー(牛殺し)によってとうとう頸椎を損傷し長期欠場に追い込まれた。天山広吉 フレッシュアイペディアより)

  • 田中将斗

    田中将斗から見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    7月18日、新日本札幌大会のIWGPインターコンチネンタル王座戦で、矢野通を相手に2度目の防衛を果たしたMVPを試合後に襲撃。その流れから同王座に挑戦表明、10月10日にMVPをスライディングDで沈め、2代目IWGPインターコンチネンタル王者に輝き、試合後のバックステージで2年近い抗争を展開したことのある後藤洋央紀から挑戦表明を受ける。田中将斗 フレッシュアイペディアより)

  • ジョン・アンダーセン

    ジョン・アンダーセンから見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    2011年、1月4日と2月20日にBAD INTENTIONS(ジャイアントバーナード・カール・アンダーソン組)の保持するIWGPタッグ王座に挑戦(パートナーは中西)。その後、メキシコのCMLLに戻り、ラ・ソンブラとアトランティスとタッグを組み、メキシコ遠征にやって来た後藤洋央紀と対戦した。ジョン・アンダーセン フレッシュアイペディアより)

  • BAD INTENTIONS

    BAD INTENTIONSから見た後藤洋央紀後藤洋央紀

    6月18日、大阪大会でプロレスリング・ノアの高山善廣&佐野巧真の持つGHCヘビー級タッグベルトに挑戦し、バーナードが佐野をバーナードライバーでフォール勝ちし、GHCタッグベルトを奪取しタッグ2冠とIWGPタッグ多連続防衛記録更新を達成。同大会で行われた棚橋弘至と後藤洋央紀のIWGPヘビー級王座選手権終了直後にリングに上がり、バーナードが棚橋のIWGPベルトに挑戦表明。反対に棚橋が2人のIWGPタッグベルトに挑戦表明し、バッドインテンションズ対棚橋&後藤組のIWGPタッグ選手権が正式に決まる。BAD INTENTIONS フレッシュアイペディアより)

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