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日本共産党中央委員会から見た戸田建設
1998年に中央委員会は本部ビルの全面建て替えを決定し、常任幹部会の任命した「総合建設委員会」により計画が立てられ、2000年から工事が開始された。1995年の阪神淡路大震災を受けて行った耐震診断により、法定基準は満たしているものの一部の建物が同地震クラスの地震で倒壊する恐れがあると明らかになったことが契機となった。総合建設委は1998年11月に建て替えの基本方針を「耐震性など安全性の重視」「国民に開かれた建物」「融通性に富み、単純明快」「簡素で経済性」「環境と高齢者・障害者に配慮」の5つにまとめた。総合建設委員会による指名見積合わせ方式の業者選定の結果、建築工事は戸田建設、電気設備工事は弘電社、機械設備工事は大気社に決まり、2000年3月9日に契約を結んだ。委員会責任者となった上田耕一郎は戸田建設について、2代目社長の戸田利兵衛は業界は国政の権力者や特定の政界の庇護を受けるべきでないことを持論とし、同調者たちによって全国建設業協会の初代会長候補へ推されたという社史の記述をひいて、「政党との癒着に反対する社史があるというのは、なかなかいい伝統だなと感じました」と、好意的に紹介した。(日本共産党中央委員会 フレッシュアイペディアより)
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フォーシーズンズ志木から見た戸田建設
8階建で核テナントはマルイファミリー志木。志木駅東口第一種市街地再開発事業により建設された。設計者は石本建築事務所、タカハ都市科学研究所で、施工は戸田建設となっている。駅前広場に隣接しており、ペデストリアンデッキも整備された。延べ床面積は37,812平方メートル。市営の文化施設「フォーシーズンズ志木ふれあいプラザ」も入居する。(フォーシーズンズ志木 フレッシュアイペディアより)