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文民統制から見たアパグループ
2008年、当時の田母神俊雄航空幕僚長がアパグループの懸賞論文に応募し、賞金300万円の最優秀賞を受賞した。「日本は侵略国家であったのか」と題した論文は「今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐え難い苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし、私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある」と主張。また日中戦争について「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」、日米戦争についても「日本を戦争に引きずり込むためアメリカによって慎重に仕掛けられたワナだったことが判明している」などの指摘をした。その後、過去の植民地支配と侵略への「深い反省」を表明した1995年の村山談話に反する内容であり、田母神が防衛省の内規に反し、論文発表について事前の届け出をしていなかったとして、当時の浜田靖一防衛相は更迭を決定した。(文民統制 フレッシュアイペディアより)
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文民統制から見た大日本帝国憲法
戦前の日本においてはドイツを参考にして陸海軍の統帥権は天皇にあると帝国憲法で定められ、統帥権は独立した存在であった。帝国憲法における内閣と議会は天皇の補弼と協賛のための機関であり、文民統制の基礎としては非常に危ういものであった。日本の政軍関係はロンドン海軍軍縮会議における統帥権干犯問題に見られるように、たびたび政治と軍事の乖離が問題となった。ゴーストップ事件のようなささいな事件においても政軍関係が問題となり、また民族主義の青年将校団が、五・一五事件、二・二六事件を起こすと、軍は天皇の大権にのみ服し、文民政治に従属しない実態が露呈した。(文民統制 フレッシュアイペディアより)