318件中 31 - 40件表示
  • 岳南原田駅

    岳南原田駅から見た日本製紙日本製紙

    1951年(昭和26年)12月20日 - 岳南鉄道の駅として開業。同時に大昭和製紙吉永工場専用線が運行開始。岳南原田駅 フレッシュアイペディアより)

  • 江津駅

    江津駅から見た日本製紙日本製紙

    日本製紙江津工場へ向かう、苛性ソーダ(南延岡駅発送)や濃硫酸(幸崎駅発送)が到着していた。江津駅 フレッシュアイペディアより)

  • 本州製紙

    本州製紙から見た日本製紙日本製紙

    後継会社3社は苫小牧製紙(後の2代目王子製紙→新王子製紙→3代目王子製紙→王子ホールディングス)、十條製紙(現日本製紙)とこの本州製紙の3社である。本州製紙は旧王子製紙の工場のうち、本州、特に関東から関西地方にかけて立地する製紙工場6か所(江戸川・富士・岩渕・中津・熊野・淀川)と化学薬品工場1か所(名古屋化学)を引き継いだ。生産高のシェアは3社の中では最も低い(苫小牧17.2%・十條16.8%・本州8.5%)が、発足当初から国内第3位の製紙会社であった。発足当初は主に、上質紙を始めとする印刷用紙や、インディア紙・ライスペーパー(紙巻きたばこの巻紙)・グラシン紙などの薄葉紙、電気絶縁紙などの特殊紙、それに白板紙を生産していた。本州製紙 フレッシュアイペディアより)

  • 新旭川駅

    新旭川駅から見た日本製紙日本製紙

    かつては、日本製紙旭川工場へ続く専用線が駅から分岐していた。この専用線は、コンテナによる紙製品の発送や、工場で使用する液体塩素や石油の輸送に使用されていたが、1997年9月に廃止された。なお、コンテナ輸送は1988年3月から行われ、1994年10月に有蓋車輸送を完全に置き換えた。新旭川駅 フレッシュアイペディアより)

  • 北吉原駅

    北吉原駅から見た日本製紙日本製紙

    駅裏手にある大昭和製紙白老工場(現・日本製紙北海道工場白老事業所)のために、大昭和製紙による建設費全額負担の下つくられた比較的新しい駅である。駅名は大昭和製紙創業の地である静岡県吉原市(現富士市)に因んで名付けられたが、読みは「よしわら」ではなく「よしはら」である。北吉原駅 フレッシュアイペディアより)

  • 萩野駅

    萩野駅から見た日本製紙日本製紙

    1960年(昭和35年)7月頃:大昭和製紙(後の日本製紙)白老工場専用線運用開始。萩野駅 フレッシュアイペディアより)

  • 富士市

    富士市から見た日本製紙日本製紙

    富士川や富士山の伏流水など水資源が豊富であったことに加えて大消費地の首都圏に近い地の利を生かして最盛期の1991年(平成3年)には旧富士川町を含まない旧富士市内だけで6035億円の出荷額を誇る製紙の街として栄え、大昭和製紙本社工場(現・日本製紙富士工場鈴川事業所)や王子マテリア(旧・王子製紙)などの多数の製紙工場が活発に生産を行っていた。富士市 フレッシュアイペディアより)

  • 勇払駅

    勇払駅から見た日本製紙日本製紙

    島式ホーム(片面使用)1面1線を有する地上駅。ホームは線路の南西側(様似方面に向かって右手側、旧2番線)に存在する。かつては島式ホーム1面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。駅舎側が上りの1番線、反対側が下りの2番線となっていた。使われなくなった駅舎側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去された。そのほか1983年(昭和58年)4月時点では1番線の駅舎側に側線(副本線)を1線と、そこから分岐した貨物側線などの行き止まりの側線を2線有し、また日本製紙勇払工場の引込み線も存在した。勇払駅 フレッシュアイペディアより)

  • 白老町

    白老町から見た日本製紙日本製紙

    1960年(昭和35年):大昭和製紙白老工場(現在の日本製紙北海道工場白老事業所)一部操業開始(1965年全面操業)。白老町 フレッシュアイペディアより)

  • 小松島市

    小松島市から見た日本製紙日本製紙

    1968年(昭和43年) - 山陽国策パルプ小松島工場(現:日本製紙小松島工場)が操業する。小松島市 フレッシュアイペディアより)

318件中 31 - 40件表示

「日本製紙石巻野球部」のニューストピックワード