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  • 吉田利勝

    吉田利勝から見た有吉道夫有吉道夫

    第27期(1975年度後期)棋聖戦で大内延介、有吉道夫らを破り挑戦者決定戦まで勝ち進むが、二上達也に敗れ、タイトル挑戦はならず。吉田利勝 フレッシュアイペディアより)

  • 高田丈資

    高田丈資から見た有吉道夫有吉道夫

    第1回(1972年度後期)早指し将棋選手権で本戦2回戦に進出(中原名人(三冠)に敗れる)。同棋戦ではその後も活躍しており、第4回(1974年度前期)では本戦3回戦進出(桐山に敗れる)。第5回(1974年度後期)では早指しを得意とする加藤一二三(元十段)を予選で破り、本戦では2回戦まで進出。第10回(1977年度前期)では本戦1回戦進出。第11回1977年度後期)では本戦2回戦進出(中原名人(四冠)に敗れる)。第12回(1978年度)では本戦で森安秀光らを破り4回戦進出(有吉道夫(元棋聖)に敗れる)。高田丈資 フレッシュアイペディアより)

  • 佐伯昌優

    佐伯昌優から見た有吉道夫有吉道夫

    1972年、第21期棋聖戦の本戦で丸田祐三、二上達也に勝ち、準決勝進出(有吉道夫に敗れる)。佐伯昌優 フレッシュアイペディアより)

  • 浦野真彦

    浦野真彦から見た有吉道夫有吉道夫

    1995年度のB級2組順位戦で9勝1敗の成績を収め、B級1組に初昇級した。しかし、明くる1996年度のB級1組順位戦では、有吉道夫、青野照市、小林健二、内藤國雄、田丸昇とともに6名で5勝7敗の成績に並んで終え、B級1組初参加のためリーグ表で下位の浦野は1期でB級2組へ降級してしまうという不運を味わった。浦野真彦 フレッシュアイペディアより)

  • 吉田正和

    吉田正和から見た有吉道夫有吉道夫

    2005年5月15日、朝日アマ名人戦で、歴代最年少記録の19歳3か月で優勝。これにより参加資格を得た第24回朝日オープン将棋選手権では、プロに3連勝(阪口悟四段、浦野真彦七段、有吉道夫九段)し予選決勝まで進んだが、矢倉規広五段(当時)に敗れる。アマチュア時代の活躍は他に、平成最強戦優勝(2005年)・準優勝(2001年)、赤旗名人戦準優勝(2003年)。吉田正和 フレッシュアイペディアより)

  • 小林健二 (将棋棋士)

    小林健二 (将棋棋士)から見た有吉道夫有吉道夫

    四段時代の1977年、第18期王位戦の挑戦者決定リーグ戦に進出。白組で有吉道夫八段(当時)らを破り5戦全勝で優勝、挑戦者決定戦へ進出した。将棋界初の四段によるタイトル挑戦かと騒がれ、紅組で優勝した米長邦雄八段(当時)との対局も途中までは優勢であったが、終盤で逆転負けし、惜しくもタイトル挑戦とはならなかった。師匠の板谷進八段(当時)は対局前、負けたら記録係をやらせるとハッパをかけていたが勝利かなわず、中原誠王位と米長八段による王位戦第3局では本当に記録係を務めることとなった。小林健二 (将棋棋士) フレッシュアイペディアより)

  • 玉頭位取り

    玉頭位取りから見た有吉道夫有吉道夫

    近年のプロ公式戦ではゴキゲン中飛車、角交換振り飛車といった居飛車穴熊を牽制する戦法に対しての有力手段として復権し用いられることがある。2011年7月15日の第24期竜王戦決勝トーナメントにおいて、山崎隆之が久保利明に対して使用している。有吉道夫が玉頭位取りの得意な棋士として知られていた。一度有利になったら逆転を許さない戦法としては居飛車穴熊と酷似しているものの、絶対に詰まないという特性を持つ穴熊の方が終盤の読みを簡略化することが出来るのも事実である。自玉を広くし敵陣を圧迫する為終盤の寄せ合いになった時に横からの攻めに対して上部に脱出しやすく、相手の玉頭に攻撃を加えられるのが位取り独自の長所である。玉頭位取り フレッシュアイペディアより)

  • 豊川孝弘

    豊川孝弘から見た有吉道夫有吉道夫

    「この手は味良し道夫です」((将棋棋士の有吉道夫)、将棋では含みのある好手を「味良し」と表現する。第64回アマチュア将棋名人戦決勝解説)豊川孝弘 フレッシュアイペディアより)

  • 大橋宗桂 (8代)

    大橋宗桂 (8代)から見た有吉道夫有吉道夫

    有吉道夫『日本将棋大系 第7巻 九代大橋宗桂』(筑摩書房、1979年)大橋宗桂 (8代) フレッシュアイペディアより)

  • 大内延介

    大内延介から見た有吉道夫有吉道夫

    第68期(2009年度)順位戦でC級2組からの降級が決定。60歳以上であるためフリークラスに編入できず、以降、最終対局(各棋戦で不戦敗が生じないところ)まで指したところで引退することが決まった。タイトル経験者のこうした形での引退は、同年の有吉道夫のケースとともに初である。そして、勝っても負けても引退日となる2010年4月20日の竜王戦5組残留決定戦で石田和雄を破って6組に降級させ、自身は6組降級(の成績)の汚点を棋士人生に残すことなく、勝負師として最後の華を飾った。大内延介 フレッシュアイペディアより)

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